(表表紙デザインはこんな感じです)




――本当は、もう疲れた。

「俺たちの互いの弱点は俺たちだ」
「もう二度と会わない」
「別々に戦おう」

美しい言葉で切った携帯電話。その意味を推し量る前に。
楽になれると思っていた。呼吸が楽になると思った。望まないなら失望しないと思った。
欲しがるから苦しくなる。期待するから失望する。

――捨てられないと知っているから、追い込まれる。

罪を犯してしまったから、その罪を深くしないために。

「なんで自分を殺そうと思った?」

この賛美されたビューティフルワールドで織り上げる互いの罪の名は。






>>ビューティフルワールド the second volume

 ・S5の4話「5年後の世界」〜5話「蝋人形の館」の間のお話です
 ・今回がディーン視点のお話で時系列は前編のがっつり続きです
 ・後編かつ完結編なります。
 ・何故か少しだけ事件パートがあります。が中身に対する比重は大きくありません

 ・以下本編からの抜粋。後編になるので当たり障りの無い箇所をちょろっと。






 それを罪と呼ぶのならば、確かにそれは罪だった。
 美しい世界で織り成される、艶やかに紡ぎ、織り上げられる、たおやかで甘い罪だ。

 あれは何時の頃だったか、ディーンは明確な日付を思い出せないでいるが、それはそれほど昔の事ではない。
 あれは一日中インパラをハイウェイで走らせていた日だった。
 コロラドからネブラスカへ向かう道はどこまでも真っ直ぐで、変化に乏しい景色は人に体感速度を実際の速度よりも遅く感じさせる。事故など起こりそうにない真っ直ぐな道で事故が起こるのは、この単調な景色が引き起こす例が殆どだ。油断からくるスピードの出し過ぎと、そして最も危険な要素が緊張感を欠いた時にやってくる睡魔だ。視神経に刺激を及ぼさない単調な景色は人から緊張感を奪い、弛緩した神経は睡魔を誘う。
 免許を取ってからというもの、ハンターとして並の同世代よりはずっと車の中で過ごすことの多かったディーンはその危険性を知らないわけではなかったが、事故の危険性とハイウェイでアクセルペダルを踏み込む強さとはディーンの中は全く以って関係が無い。そもそもディーンは愛してやまないインパラを走らせていて眠気というものを感じた事が無いのだ。

 しかしその日ばかりは少し勝手が違った。
 天球に張り付いたような薄い蒼をした空の色とハンドルを持つ両腕を仄かに暖める日光に、ディーンはアクセルを踏み続けているのが少しだけ億劫になった。ずっと運転席で同じ姿勢をとっている事に疲れたという事もある。実の所、少し眠い。そろそろ気分転換の頃合いだと判断したディーンはハンドルを切って、アクセルをベタ踏みしていた右足の力を弱めてハイウェイを降りた。
『おい、サム。ハイウェイ降りたぞ』
 暗に何処かに寄り道するぞ、とほのめかした台詞だったが、助手席から返事はない。
『サミー、おい、サミーちゃんー?』
 助手席に座っているディーンの弟は一時間ほど前から静かな寝息を立てていた。資料をめくる音が聞こえなくなったと思ったら、サムはその体をシートに預けて目を閉じていたのだ。サムもディーンと同様、ハイウェイの単調な景色とフロントガラスをすり抜けてくる穏やかな日光、そしてインパラの低いエンジン音に眠気を誘われたらしかった。
『おい、サム』
 ディーンはもう一度呼びかける。サムはそのディーンの声が煩わしいのか、少しだけもぞもぞと体を動かしていたが、覚醒までには至らない。
 眠っていても手から資料を離さないサムの姿にディーンは小さく笑って、片手でハンドルを握りながら、もう片方の手で資料を抜き取って後部座席に投げる。
 弟が寝ていると気が付いた時から何度か起こしてやろうかと思ったが、ディーンがそれを一時間の間で実行する事は終ぞ無かった。そして今この瞬間も、起こさなくていいか、と思ってもいる。
 最近あまり眠れていない事にディーンは気がついていた。
 それをサムは明確な形でディーンに告げた事は無い。しかしディーンはそれに気がついている。そしてそんなディーンにサムは気がついている。互いに気がついていて黙っている。それは言葉に出さずとも共通認識のような形で二人の間に転がる事実だ。
『まぁ…仕方ねぇか』
 ドアの窓にもたれかかるようにして、少しだけ体を丸くしている弟の姿にディーンは小さく息をついて、道の先に見える小綺麗なカフェの駐車場に向かってハンドルを切った。


 ディーンが今日のおすすめコーヒーとホワイトカフェモカのホイップ多め――サムに対する冷やかしだ――をテイクアウトして戻ってきてもまだサムは助手席で眠っていた。
『……』
 さてどうするかとディーンは考えた。インパラにはドリンクホルダーという気の利いた物はない。ディーン自身のコーヒーだけであれば片手でハンドルを握る事は可能だったが、サムの分も、となるとそうはいかない。ダッシュボードに置いて運転しようものなら、カーブに差し掛かった際にカップはひっくり返り、車の中が甘ったるい香りで充満してしまうだろう。
 確かに次の狩りが控えてはいたが、コーヒー一杯をゆっくり飲む時間がないわけではないし、弟が目を覚ますまでゆっくりする時間がないわけではない。ディーンは運転席に乗り込んでキーを少し回してラジオをつけ、窓を開ける。
 車の中に入れば、元々静かだった外の音はより一層遠くなり、外の音は角が取れてくぐもったような響きだけを伝えてくる。
 開けた窓に手をかけて、右手に持ったコーヒーを口に含みながら見上げる遠い景色は呆れるほどに脳天気な気候だった。
 コーヒーは手頃な値段と安っぽい紙コップという外見を裏切って、深い苦みと芳醇な香りが舌の上に馴染む。時に中身と外見の質は比例しないものだ。
『ん、』
 不意に隣から身じろぎをする気配があって、ディーンは外に遣っていた視線を車の中に戻した。
『サム?』
 起きたか?と言いかけてそれが無用のものだとディーンはすぐに悟った。サムは起きてはいない。体勢を直すように体を動かして満足したのか再び寝入る。顔をディーンの方に向けて。
 そしてふぅ、と小さく息を零して、顰めていた眉を少し緩めた。

――その時、唐突にディーンはしまった、と思った。

 脳天まで貫き、息さえ殺すような唐突な衝動のうねりを御する術をディーンは完全に見失った。
 ずっとずっと必死に押さえ込んできたそれを。
 ずっとずっと越えてはならぬ一線だと言い聞かせてきたそれを。
 感情を焚き染めた触れ方をする事が赦されざる罪だと何処かで気がついていたそれを。





                    
***冒頭部分より抜粋***