(表表紙デザインはこんな感じです)
「私幸せ、って…。え?そう言った後死んだの?何それ映画?」
「そもそも何だよ、リンゴねえちゃんに食わせたい、って。死亡フラグすぎんだろ」
「…なぁサム。一つ言ってもいいか」
「おい、やめてくれ。マジで死亡フラグになったら、」
「うげぇ、グロすぎだろ!」
>>MFD
・タイトルはMarked for deathの略。死亡フラグという意味です。
・DS片想い→両想いの事件モノ長編
・今回のD/Sはかなりピュアッピュア路線で書いたつもりです。つもり、です(笑)
・軽いテンポのつもりですが、事件の内容は結構血生臭くなりました。こんなはずでは。
・中編の予定が書きあがってみれば長編。何故。
・書きたいことをとにかく沢山詰め込みました!詰め込みすぎました!(こらぁ!)
・以下本編からの抜粋。当たり障りの無い箇所をちょろっと。
「これ、死ぬよな」
その言葉はボリ、とスナック菓子を食べる音とほぼ同時に形になって、サムの耳に届いた。
誰に聞かせるわけでもないような独り言にも聞こえるディーンの言葉は、実の所、相手に――ここでは他の誰でもないサムなのだが――拾われる事を期待した言葉だ。普段であればテレビを見ながら呟く兄の言葉なんてものをサムは拾い上げたりしなかったが(構うだけ時間の無駄になる事が多いからだ)、その言葉の中にのっぴきならない響きが含まれていて、手元のタブロイド誌から顔をあげた。
「……は?」
死ぬって何が、と聞いたサムの視線の先には椅子にだらしなく腰掛け、ふんぞりかえりながらビールを飲んでいるディーンの姿がある。
そんなサムの兄の視線を奪っているものはテレビだ。ドラマらしきものが見えるが、少し離れた場所にいるサムからではディーンの背中が邪魔になって、何を映しているのかよく分からない。
サムは枕を背にしていた体を起こした。四つん這いになりながら、のそのそとベッドの端のディーンの方に移動する。ベッドサイドに置いた雑誌がサムの移動するスプリングの揺れに煽られてバサリと落ちた。一瞬だけ振り返って拾おうかと思ったが、サムはまぁいいかと思い直す。途中まで読みかけていたタブロイド誌はディーンが読んでいたものを手慰みに開いていたものであって、さして中身に興味があるわけではない。後で拾えばいい。
体を起こすのも些か面倒で、サムはテレビが見える場所まで移動すると、うつ伏せの姿勢でテレビを見る。ディーンのベッドに移動すればもっと見やすくなるが、それは何だかとても『変』だからやめておく。
当然ながらテレビ台よりベッドの方が幾らか低く、テレビを見上げる形になった首が鈍い痛みを伝えてきていたが、短時間であればさほど問題ないだろう。
「ああ、やっぱりドラマ?」
テレビでは少しだけ古めかしい映像がディーンにしては控えめな音量と共に流れている。薄いディスプレイに荒く映像が映るのはハイビジョン撮影以前のものだからだ。
アンティーク家具、天井の高い屋敷。上等なスーツを着込んだ男がサスペンダーを触りながら画面の中の他の登場人物達に滔々と何かを語っている。
音声を細かく聞き取れないが、サムが見た所、推理ドラマのようだった。画面に映るアンティーク調のティーカップや、英語の発音の微妙な差異が、このドラマがこの国で生み出されたものではない事を示している。
「ディーンが推理ドラマ?珍しいね」
「他に碌な番組がやってなかったんだよ」
俺が恋愛映画見てる姿見たいか?と続けたディーンはぞんざいな口調に反して随分テレビに熱中しているように見えた。普段はサムが首を傾げたくなるほどにホラー映画ばかりを見ているというのに不思議な事だ。尤もサムには理解できない意味不明な医者が出てくる昼ドラを見ていた事もあったのだからディーンの守備範囲は案外広いのかもしれない。
大方見始めたら思いの外面白かったという所だろう。推理ドラマに起こりがちな目の離せない展開は人を魅了する力がある。
テレビの中では登場人物であろう恰幅のいい男が喚いている。
こんな殺人犯がいるかもしれない所に一秒たりともいられるか!俺は部屋で一人で寝るからな!と。
「それ言ったらダメだろ、言ったら。コイツ死ぬな」
テレビを眺めながら独り言のように――実際独り言なのかもしれないが――呟く言葉にサムは思わず小さく笑った。
「何だよ」
「別に」
ディーンはサムに笑われていると気がついたのか、酷く面白くなさそうな視線を向けた。しかし今はサムより登場人物の方が気になるらしく、すぐに視線をテレビに戻す。
画面の中には部屋に籠もったままの男。文句をぶつぶつと並べながら仰々しい葉巻に火をつける。
そんな男の背後に忍び寄るのは黒い影。手に光るのは窓から差し込む月光を不気味に反射した果物ナイフ。
「ほらな、コイツ殺されるぞ」
そんな事を言いながらニヤニヤするディーンの肩を軽く叩いたサムは思わずテレビを凝視している自分に気が付いた。
だめだ、すっかり引き込まれている。
テレビの中では振り返った男がその影を見て、まさかお前が犯人だったのか…!?とお決まりの言葉を言う。葉巻が床に落ちて赤く滲む。
そして屋敷をバックにして鳴り響くのは雷の音で、その雷鳴に男の断末魔が掻き消される。
これも全てお決まりのパターンだ。
「な?」
「お決まりのパターンじゃないか」
「そう言いながらお前も見てるじゃねぇか」
「うるさい」
画面は切り替わり、登場人物達によって発見された物言わぬ死体とアリバイの確認が探偵によってなされている。アリバイ証明に全員がシロ。さぁ犯人は誰か?
「しかし普通、俺は一人で部屋に戻る、って一人になる奴の気がしれねぇな。完全に死亡フラグじゃねぇか」
「ドラマだろ?」
「ドラマだけどな。ありきたりな言葉は口走らないに限るな」
うっかり口走って死んだらアホだろ、とディーンらしい言葉にサムは思わず苦笑して、意味もなくシーツの上の埃を払うように手を滑らせる。少し張りを失ったシーツは柔らかく波打っていたがしっとり肌に馴染む感覚は心地がよい。
「特にこんな仕事をしてると?」
「こんな仕事をしてるからこそ、だな」
ディーンの言葉にサムは小さく笑って、うつ伏せにしていた体をひっくり返す。仰向けの姿勢で見るクリーム色の天井が目に優しい。
テレビでは探偵が謎解きを始めている。密室トリックのカラクリ、アリバイ操作、ダイイングメッセージの真意、探偵が暴く連続殺人のトリックは霊だとか魔物だとか不可思議な現象は決してありえない。それは本格推理というジャンルではありえない。人間が出来る範囲の可能な事実を不可能に見せ、論理性の実装と虚偽性の排除、それらを備えるからこそ人に解かせることを想定したミステリになる。
サムはクリーム色の天井をくまなく見つめながら、音声だけに注意を向けるが、言葉はブロックで区切られたように途切れた単位でしか理解できなかった。犯人、トリック、アリバイ、そんな言葉が聞こえる。探偵は犯人を糾弾しにかかっているのだろう。
不意に視線を感じた。
体に圧し掛かるようにずっしりと重い。しかしそれは不快で粘着質なものではなく、ただ確かな質量を持つ類のものだ。
***冒頭部分より抜粋***