(表表紙デザインはこんな感じです)



その合図が落ちると、部屋の乾燥した空気にじっとりとした湿り気が交じる。
甘い腐臭、上がる熱、交わる視線。
でも勘違いしてはいけない。

――これは契約、なのだ。




>>黄昏時には嘘を、彼は誰時には愛を

 ・書いているときにタイトルが中々決まらず、冬のエロ本と呼んでいたのでうっかりするとそう言ってしまいそうです(笑)
 ・1冊目を脱稿して、兎に角「エロ!なんかエロ書きたい!うごおお」というテンションで始まりました。
 ・セフレから始まるD/S。最後はハッピーエンドです。
 ・総ページ数に対するエロシーンの比重が割合高いです(笑)
 

 ・以下、冒頭部分の抜粋です。
 ・
プレビュー部分からさっそくR18です。18歳以上の方(高校生のぞく)のみの閲覧をお願いします。








【冒頭・導入部分から抜粋】



 ――ただれている。
「あ、あ…っ、」
 後ろから貫かれる感覚にぞくぞくと震える背中。ああ、はしたない。
 うつぶせに見える視界が不規則にガクガクと揺れる。思わず洗いざらしのゆるいシーツを強く掴んだ。まるで溺れる者が藁を掴むように。
 一瞬たりとも気を抜いてしまえばこの嵐に飲み込まれてしまう。いつも必死だ。もしもこの快楽の海に振り落とされてしまったら、たちまち自分の居所を見失い、我を忘れてしまうだろう。まるで海の上に放り出された遭難者のように。きっとみっともなく叫んでしまう。
 それがいつだって恐ろしい。
「は、あ、…っ、」
 中で動く自分のものではない熱。押し込まれて擦りあげられるたびに、チカッと強烈な光が――まるでストロボのような光が目の奥で瞬いては闇の中に堕とされる。
 腰を強く掴まれた指先が肌に食い込んだ痛みを感じたのは最初の内だけで、後は何が何か分からなくなってしまった。きっと痣が出来ていることだろう。『いつも』のように。
 けれど後悔するのはこの行為が全て終わってからでいい。
 埋め込まれた熱が中のある一点を掠める度に悲鳴のような声を止められない。声は唇を閉じる事では抑える事が出来ず、せめて声が自分の耳に届くのだけは避けようと、シーツに顔ごと押し付けた。
「ふ、…っふ、あ、あ、」
 このままではおかしくなってしまう。このまま頭が茹っていって馬鹿になるのが先か、腰のあたりからじくじくと溜まっていく熱が弾けて死んでしまうのが先か。いつもそんな恐怖と快楽の間で自分を亡くしていくような感覚に怯えている。
「あ、っ…ディ、」
 ――呼んではいけない。
 思わず思いっきり唇を噛んだ。呼んではいけない。最初に決めた事だ。ピリッとした痛みが走り、ぬるりと唇が滑ってぬるい温度を感じた。血が出たのかもしれない。
 けれど翻弄される熱に一瞬でそんな思考も飛んだ。
「ひ、ぅあ、あ、」
「やっべ…えっろ」
 呟く男の掠れた声。その低い声の奥に熱が見える。見えない表情を想像する。けれど具体的な表情は何一つ思い浮かばない。
 ぐん、と強く穿たれて意識も一瞬飛んだ。勃ちあがったままの前を擦りあげられて、共に連れていこうとしているのだと気が付いた。男はこうやって、いつも一緒に飛び降りようする。
 けれど後ろから犯す男は何時も少しの余裕を残していて、それが気にくわない。一緒に堕ちる振りをして、最後には立ち止っているような気がする。堕ちるのを見下ろされる感覚。ああ、いやだ。
「…っ、サム、」
 達する瞬間、何時も男は一回だけ名前を呼ぶ。まるでその一回だけに何かを込めるように。
 名前は呼ばないで欲しい。呼ぶのはやめて欲しい。
呼ばれれば、返事がしたくなってしまう。それが人の習性だからだ。
「あああ、っ!」
 ぐっと腰を押し付けられ、うなじに噛みつかれる。後ろから貫かれ、急所に噛みつかれる姿はまるで動物の交尾のようだ。
 強く穿たれる痛み。しかし今や、それさえも快楽に直結してしまう。そんな風に作り変えられてしまった。
 シーツに落ちるパタパタという音で自分自身も吐精したのだと知った。興奮しているのだ。こんな獣の体勢で交わる事に。ああ、あさましい。
 堪えきれずにシーツに沈み込む。
 本能に任せた行為が終わると、やってくるのは強烈な倦怠感と激しい眠気、そして自己嫌悪だ。
 サムは一番この瞬間が嫌いだった。
 この行為は所詮処理で、契約でしかない。サムはシーツに沈み込みながら、こっそりと自嘲した。
 即物的というには面倒で、愛というには馬鹿馬鹿しい。ただれていて、はしたなく、あさましくて、少しの自己嫌悪に何時も喘いでいる。

 ――ディーンとのセックスは、毎回そんな感じだ。



「飲むか」
「うん、一本。冷えてる方」
 サムのその言葉にディーンは素直に従って冷蔵庫からビールをもう一本出した。
 冷蔵機能がいまいちの玩具のような冷蔵庫はほんの10センチ程度、物を置く場所が変わるだけで、保冷機能に大きな差が出る。奥の方に入れておけば冷えるが、手前に入れると最悪なのは、安モーテルの冷蔵庫ではままある事だ。
 ディーンは手前に入れてあった瓶を出し、既にキャップを開けた瓶の方がより冷えている事を確認すると、冷えている方をサムに差し出す。ベッドに沈み込んだままのサムが体を起こし、ディーンの方を向いて手を伸ばす。
 その唇にディーンの目が留まった。
「おい、傷」
 トントン、とディーンが自分の唇を指す。その仕草にサムは指先を唇に這わせ、それから少しだけ眉を顰めた。
「なに…ああ」
「噛んだのか」
「そうみたい」
 サムの下唇には傷が出来ていた。行為になだれ込む前にそんなものを見た記憶は無かった。ならば最中に強く噛んで出来たものなのだろう。
 まだ乾ききる前の生々しい赤色がてらてらと蛍光灯に光って、蠱惑の色をしている。思わずその唇を凝視しそうになって、ディーンは無理矢理に視線を外した。
「そうか」
 ディーンは続ける言葉が分からずに黙り込んだ。

 ――我慢しているのか。
 そう聞くのは無理だ。出来ない。
 痛かったのか、とも聞けない。それに、痛みに呻いていたようにはどうにも思えなかった。
 屈辱に瞳を歪めていたのか、とは絶対に言えない。頷かれたら、と思うと知らないままでいたかった。
 この関係が間違っているのか、と聞かれたら間違っていると答えるべきなのだろう。そんな事は分かっているが、間違っているとは一体何に対してなのか。倫理か、常識か、聖書か。なら間違っている。確かな間違いだ。
 だが、これはディーンがサムと交わした契約を実行しているに過ぎない。対等な関係で、フェアな。フェアであるべきの。
 二人とも多少のリスクは負っているし、その分、それなりのリターンもある。だから間違ってなんていない。
 そう、セックスはただの契約だ。


◆◆◆


 きっかけに明確な引き金があったわけではなかった。
 ただ、お互いに便利だったのだ。ただそれだけの理由に過ぎなかった。
『最近日照りなんだよな』
『は?』
『だから、日照り』
 ピザのハーフサイズを目の前に広げて、ディーンはまるで明日の天気を話すような口調で言う。
サムは『日照り?何が』と呟き、ポテトを一つ口に運んで、もごもごと咀嚼しながら、そうしてディーンの示す言葉に理解が及ぶと派手に眉間に皺を寄せた。
 どう考えても夜のファーストフード店で話すような、気軽で手軽な内容では無い。
『そんな事知るわけないだろ。日照りって何、枯れた?』
『ふざけんなよ。この年で枯れてたまるか。まだまだ現役だ』
『…じゃあ店行けば』
 サムは腕時計を見る。時刻は22時。風俗店は今からが稼ぎ時だ。
『行くにしても面倒なんだよな。色々手順踏まなきゃなんねぇし。イイ女の子あんまりいないしな。なんで何時も仏頂面なんだろうな。嫌な事でもあんのかよ!って言たくなるような、めんどくさそうな表情の女いるもんな。…まぁ仕事だったらそうもなるか』
『知らないよ、そんな事』
 風俗嬢の仕事に対する姿勢を話されても正直困る。どう返していいか分からないし、からかわれるのは嫌だったからだ。
 この話はさっさと終わらせたいのだと言わんばかりに、サムは残りのポテトをひとまとめにして口の中に詰め込む。ポテトから落ちたケチャップがべたりとテーブルの上に落ち、サムは思わず顔を顰めた。
 ディーンはもごもごとピザを咀嚼しながら、テーブルの上のケチャップをナプキンで拭くサムをじっと見つめ、真面目な表情で、こう言った。
『…なぁお前、何時抜いてんだ』
『はぁ!?』
『風呂だよなぁ。でもお前特別シャワールームから出てくるのが遅い日とか無いよな。トイレか?』
『やめろ。兄弟でそんな話したくない。正直引く』
『何だよ、純粋な興味だろ。あ、もしかして』
 ピクリとサムの眉が少し上がる。何をまたくだらない事をとでも言いたげな表情だ。
『…早漏か?』
『…いい加減にしろよ』
 サムは苛立ったように席を立った。空になったポテトの紙皿を手の中でぐしゃぐしゃに潰し、それらをゴミ箱に突っ込んだ。馬鹿馬鹿しい。やってられない。
 そしてディーンはと言えば、サムが店を出ていくのを見ると、手元のピザを口元に押し込んで席を立ち、その背中を追いかける。サムが怒っている事に対して、ちっとも反省などしていない風で。



【本文に続く】