(表表紙デザインはこんな感じです)
>>ユートピア ディストピア
・糸さんとの合同誌です。うっほほーい!
・ジェンサムです。DSではありませんので苦手な方はお気をつけ下さい。
・糸さんと私で一作ずつ書いております。
・ジェンサム萌えるよジェンサム萌えるうおおおおお!というテンションで書いたら趣味に突っ走りましたアレ?笑
・以下私が書いた話から、冒頭部分の抜粋です。
【冒頭部分から一部抜粋】
やさしいものは、こわいもの。
とろとろと溶けだしそうな輪郭の中、サムは小さくその言葉を口の中に出してみた。
やさしいものは、こわいもの。
しかしその言葉を音にしてころりと吐き出さずに、口の中でころころと転がしてみる。ゆっくり。そおっと。慎重に。まるで上等の蜂蜜が熟成されてゆっくりゆっくり大切に粒にされたような飴を舐めるような感覚で。丸めた舌の上で転がすように大切に。それはとっても優しくて柔らかで甘い。けれど焦って舌で擦り合わせ続けてしまえば甘さで喉が焼けてしまうだろう。この飴は眠くて眠くて仕方のない状態で口に含んでうとうととしてしまう程度が丁度いい。舐める事を忘れて、ふと意識を戻した時に頬の内側がふやけて甘みに驚くくらいが恐ろしくない。何でも恐ろしくないものがいい。こわいものはどうあったってやっぱり怖い。
だって、やさしいものは、こわいものだから。
◇◇◇
何の因果が、また『こっち』の世界に来てしまった時、サムは一体これを果たしてどうすればいいのかと考えた。
サムは手元に雑誌を一冊持っていて、それは実はサムの本来の仕事とは全く関係のない――全米の本屋やマーケット、オフィス街のテナントに入っている病院の待合室、少しお高くとまった喫茶店――そういった所にある、一か月に二回発行される大衆向けの経済誌だった。とりあえずこの手に持っている雑誌を何処かに置きたいなぁ、これをどうすればいいのなかぁ、という酷く呑気な事をサムは見知らぬ場所に放り込まれた自分を俯瞰で認識しつつ、ぼんやりと考えていた。
さて、自らの身に起こったこの奇妙な現象に実に合理的で、尚且つ正しい説明を自らに求めなければいけない。サムはとりあえず手に持っていた雑誌を閉じて目の前の白い机の上に置いた。そうして一つ息を吐いて周囲を見回し、携帯電話を確認してみる。圏外の表示はサムの携帯を通話可能圏内にしてはくれなかった。
こういう状況にサムは不本意ながらも少々慣れている。突然周囲の景色が変わり、見知らぬ場所に居る。そういう事は過去、何度かあった。例えば殴られて気が付いた時には手足を縛られて椅子に縛り付けられていたこともあったし、見知らぬ倉庫の中にいたこともあったし、過去に居たことも、果てはパラレルワールドに行ったこともあった。そしてそれらの現象の後には大抵碌でもない展開がサムをすっぽり覆ってもぐもぐと食べている。実に美味しそうにサムを頭の先から齧ってしまう。しかし何故か何時も最後の最後の所で幸運がサムの片手をぎゅっと掴んでくれるので、サムは足の先までは食べられた事は無い。かろうじてつま先までパクっと飲み込まれてしまう前に、その足で地面をぎゅっと踏みしめて踏ん張って上体を捻って、何とか食べられることだけは回避してきた。そいつは何時も満腹になる前にサムを取り逃がしてしまうのだった。
さて、今回はどうだろうか。どこまで食べられてしまっているのだろうか。
サムはまず冷静さを取り戻すために、ふぅふぅと呼吸に意識を向けてきっちり深呼吸を二回繰り返した。何度もこういう場面に接していて自分が冷静であると思っていても、案外思いもよらない所で動揺しているものだ。無意識にでも焦ってしまわないようにサムなりの対策を打った後、瞳を開けてくるりと周囲を見回した。
まずディーンはいなかった。それはこの雑誌を読んでいる所が見つかると嫌だからだと、一人でベンチで座っていた所で記憶が断絶しているからだ。これがもしも例えばモーテルでディーンと一緒に調べ物をしている時であったなら、二人一緒にこの不思議な状況に投げ込まれていたのだろうか、という憶測をとろとろと流しながら周囲を見る。
ああ、一体全体、ここは何処なのだろうか。
◇◇◇
結果的に合理的な疑問を挟むことなく、現在の状況について、事実と推測に基づく正確な分析にサムは成功した。だが、それとサムが元の世界に戻る話はワンセットではあるが、要求される問題解決までのプロセスと期待される行動は実の所、全くの別問題であった。
この世界に放り込まれた事を理解するために必要な知識と経験と、元に戻るために必要な知識と経験は全く別の話で、連立不等式のように代入で求められるものではない。変数が多すぎて、三つの式からは四つの変数を確定させる事が不可能であることと同様で、サム一人では求められないものがどうしても多かった。
そうしてサムはもう二十三日間と八時間、加えておおよそ三十八分間。この世界に留まったままだった。
***冒頭部分より抜粋***