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○結末の決まった物語○ 過去は人を追いかけ続け、決して逃しはしない。 雨の日はそんな事をぼんやりと思う。 昨夜からしとしとと降り続けていた霧雨は明け方にはざあざあという雨音を響かせ始めた。 ぼんやりと庭に落ちる雨を見る。それは水溜りになり、静かに曇天を反射しながら土色を透かして見せていた。 不意にその水溜りに朱が差した。 ――嗚呼、まただ。 動じる事は無い。これは記憶をなぞる、邂逅でしかないのだから。 あの雨の日。多くが散った長篠の地。 馴染みの知り合いが多かった。幼い頃からの友、武術を習った師、その誰もが穏やかな死に顔をしていなかった。光を喪って濁った目で生き残った幸村を見ていた。 真田幸村を死んだ目で、視て、いたのだ。 邂逅は何時もそこまで遡る。そして其処から先に進む事も無い。 恨まれているとは思っていない。生き残った事が罪だったとは思わない。共に死にたかったとは言わない。それは死者への冒涜だ。 ただ、共に生き残りたかった。 そんな願いさえ夢になるこの世は何と脆弱なものなのだろう。理想の足元で屍が積みあがる。屍が次の時代の礎になっていくというなら。 ならば、私は、 「幸村?」 「三成殿」 「こんな所で如何した?体が冷える」 「いえ、」 「幸村?」 形の良い眉が僅かにひそめられた。それは怒りの表情に勘違いされがちだが、そうでは無い事を幸村は知っている。 だから尋ねた。 普段なら決して聞かない事を訊いた。 「―――思い残されますか?」 雨音の中で響く問いかけは、まるで自分のものではないかのようだった。 「もし、明日、戦場で今生に別れを告げることになりましたら、思い残す事は三成殿にはおありになりますか?」 「…そうだな。後悔しない、…と言えたら良いな」 三成は静かな笑みを浮かべて、少し哀しそうに雨を見ていた。 「三成殿」 「何だ?」 戦場で私をその意志の強い瞳に映さないで下さい。 誰かの持つ瞳の奥に赤を纏う自分を見たくは無いのです。 ――まるで自分が死を運んでいるように思うのです。 と、あの日。幸村は三成に告げることは無かった。 実際、三成は幸村を映す事は無かった。 けれど逝ってしまった。幸村の居ない関ヶ原の地で。雨の降らない日に、逝ってしまった。 まだ幸村は赤を纏い続けていた。幸村があの日、死を運ぶと思っていた赤を。 「――真田幸村、いざ参る」 この赤が死に衣装になる確証が幸村にはあった。 その時、あの日長篠で見た目を自分自身も浮かべているのだろうか。 それとも関ヶ原で彼岸に渡ったかの人のように眼は瞼の下に隠されるのだろうか。眠るような表情を浮かべているのだろうか。 幸村には分からなかった。 踏みしめた足の向かう先は大坂。 思い残す事は、もう風と騒乱に掻き消されてしまっていた。 END |