―――過去とは記憶ではない、と遠い笑顔が物語る。



――どれだけ練られた策略も情報の錯綜と裏切りと計略で、簡単に無に帰す。

それが三成が最初に抱いた、関ヶ原の戦いという天下分け目の戦いへの感想だった。
高校では文系世界史選択だった三成は、日本史は必要程度の知識――それでも並の学生よりも圧倒的な知識量を誇っているのだが――しか持っていない。ましてや戦国の世を締めくくる最後の合戦と言えど、試験で頻出分野でもない以上、関ヶ原の戦いと言えば石田三成と徳川家康の戦い、そんな程度の記憶しかない。
ましてや敗戦の将と同じ名前であるが故、業と忌避していた所もまた否定しきれない。
戦国の世を締めくくるにふさわしい規模の戦いだった事には想像に難くない。それは三成にも分かる。武将同士の戦いではなく、天下を分ける戦い。全国の武将を巻き込む壮大なものだ。
だが、今の世となっては江戸時代へと繋がる歴史の通過点として結果だけが注目される意味合いが強い。
それもそうだろう。三成はそう思う。歴史はメディアに利用され、ドラスティックな要素が好まれる。
関ヶ原。その戦いに於いて、後世の万人にウケるような劇的な何かがあったわけではない。
―――決定打は裏切り。
一言で片付けられる、一言でまとめられる、その言葉。ただ、それだけだ。

三成は小さく息をついて本を閉じた。前期テストに差し掛かった図書館は騒がしい。慌ててノートを写す者、レジュメのコピーをとる者、知恵を出し合いながら慌しくレポートを仕上げる者達。テスト前とテスト期間中にのみ混雑する、この時期が三成は苦手だった。
テスト前に慌てるのなら、もっと前から準備していればいい、――そんな事を思うが、思った所で静かになるわけでもない。三成は小さく息を吐く。

“400年前の同じ名前の存在をお調べになったら、何やみえてくるかもしれません”
その言葉に導かれるように、三成は図書館で石田三成を知る取っ掛かりとして、関ヶ原の戦いについての本を読み漁った。ちなみにテスト期間中に余裕を決め込んでいられる程度には三成のテスト対策は完璧である。こういう時にこそ日々の勉学がものを言うのだ。

ただ、三成が知りたい情報はこれだけではなかった。三成は関ヶ原の戦いが知りたいのではない。『石田三成』を知りたいのだ。戦いはあくまで取っ掛かりに過ぎない。
「石田三成…」
三成はその名を呟いてみた。400年前に死んだ、己と同じ名を持つ人物の名前を。
武功を立てたと言うよりは政に於いて手腕を発揮した人物のようだった。人望が無いと記する書物もあれば、それを真っ正面から否定するものもあるが、性格に癖があったという記述は多い。
政の手腕が秀でていたせいで、他の叩き上げの五大老から睨まれたのかもしれないし、語られる人物像が故か。それは三成には分からない。人の性格など会ってみないと分からないだろう、そう三成は思う。
しかし五大老まで上り詰めたのだから、相当の切れ者なのだろう。それは客観的事実だ。
何を思ってこの戦いを起こしたのか。秀吉への忠義だけだったのか、この国をまとめ上げたかったのか、…それとも他に理由があるのか。
記録されていない以上、人となりは分からない。交友関係も。
法律関係のようにはっきり決まっていない、こういう歴史を紐解く作業は三成の性に合わない。理論攻めで事象を論ずる法律の方が、探求するのならばよほど楽だ。歴史は記録されていない部分は無いのと同じことにされる。事実があったとしても無かったことにされる。三成はそういう曖昧さを前提とし、割り切ることが苦手だった。メディア化される歴史ものに興味を示さないのはそういう曖昧さの上に脚色されているかもしれない過去の事実に難癖をつけたくなるからだ。

「…信繁はすごいな」
史学に携わる人間が三成の思うような事を思っているのか、それともそんな事を考えること自体が愚鈍だとされてしまうのかもしれない。
だが、信繁は何となくそういう史学におけるジレンマの部分も理解しているような気が三成にはしていた。
“歴史は記録でしか規定されない。それが若干の虚構と誇張を含んだとしても記録されてしまえばそれが歴史です。反証がないかぎり覆い返されることはない。反証とは新たな記録です。時代と共に沈んだそれぞれの信念があったとしても記録されなければ、無きに等しい”
そう静かに告げていた言葉。それが、三成の思うジレンマを信繁も感じているような気がするのだ。

一般書籍で得られる三成像はあらかた制覇してしまった。だが史学部の資料室にはより専門的な文献と論文が揃っているはずだ。その情報も欲しい。
三成は時計に視線を落し、信繁の受けている講義の終了時間に近づいていることを確認し、騒がしい図書館を出て、史学部棟へと向かった。


***


4コマ目の講義も終わり、史学部棟のロビーに出たところで幸村は見慣れた姿を目に留めた。
「兼続さん?」
幸村が声を掛けると、兼続はすぐさま手を挙げてこちらに歩いてくる。その友人の様子から、幸村を待っていて、幸村に用があるのだろうとすぐに分かった。
幸村に向かって歩いてくる僅かな間でさえ、兼続に一言二言声を掛けていく学生は多い。どの学部にも何故か顔の利く兼続には知り合いが多い。そんな姿を見て、幸村も静かに微笑みながら兼続に歩み寄る。
「信繁、急に悪いな」
「どうされたのですか?」
「いや、頼みがあるんだが」
「何でしょう?」
三成には散々調子がいい、と揶揄される兼続は、ここぞと言うところで礼節を欠かすことはない。そんな兼続がメールで済ませる事無く、わざわざ幸村の所に出向いてきた。その意味するところを正確に捉えた幸村は真っ直ぐ兼続を見つめた。
「ここの資料室のカードキーは持っているか?学部生では申請者しか持っていないと聞いたんだが…」
「ええ、持っていますよ。どうかしましたか?」
大学の付属図書館程度では幸村の知識に及ぶような文献はあるはずもなく、幸村は1回生の時に早々に史学部が保有している専門生の高い資料を閲覧できるようにカードキーを申請していた。普通は院生や講師しか見ないようなその資料を読んでレポートをこなすのは普通の学部生では幸村くらいしかない。
「そうか!信繁なら持っていると思っていた!」
幸村の言葉に満面の笑みを浮かべて兼続が幸村の肩に手を置いた。幸村は話の内容が全部見えないものの、曖昧に笑っておいた。喜んでもらえたのだから悪い話ではない。

「…兼続、何をしている」

安堵とも満足ともいえる表情を浮かべた兼続の声に続いて聞こえてきたのは不機嫌そうな声で、幸村と兼続は同時に振り向いた。
「あ、三成さん」
「おお、三成、奇遇だな!信繁に用か?ちょうどよかった」
「何がだ。だからその手を離せ」

「今夜、幽霊退治に付き合わないか?」

さらりと発せられた言葉。まるで"飲みにいかないか”とでも言っているような調子で言われた言葉の内容を理解するのに、三成も幸村も数秒を要した。
「「…………は?」」
そうしてその後、三成と幸村の口をついて出たのは気の抜けたような声。それは見事なタイミングでハモった。


***


「何故、こんな事に…」
夕日が沈みかけた世界には宵闇が迫りつつある。それはこの資料室も同じで、部屋の隅には夕日の赤に抵抗するように滲み出る闇の色がその度合いを増している。古い本の香りと資料室独特の雰囲気が混ざり合い、少しだけ落ち着かない気分にさせた。
「兼続さんのたっての頼みごとですし…」
三成のぼやく言葉に信繁は少しだけ困ったように笑った。

――兼続曰く、出る、らしいのだ。

随分前に兼続からの実にあっさりとしたカミングアウトで、二人は兼続が除霊やら何やら――常人には出来ないことをしているのを知っている。そういう用事で色々な場所に出かけている日もあったことも知っているが、二人が手伝いの真似事をするのは今回が初めてだ。
「理由はカードキーだぞ」
頭痛を感じて眉間に皺を寄せて唸るように呟く三成の視線の先で信繁は曖昧に笑ってみせる。

史学部資料室に夜になると、人ならぬものが出るらしい。

実際に何人もの院生や講師が見た、というのだ。
夜の資料室で文献を探していると、ふと人の気配を感じて、その方に目を遣ると――若い女が立っている。
何をするわけでもない、何を言うわけでもない。ただ立っているそうなのだ。

兼続の知り合いの知り合いの知り合いが史学部の院生で、恐ろしくて堪らないと泣きついたことで、巡り巡って兼続の所に話が来たらしい。兼続は当初自分一人で内々に処理しようと思っていたらしいのだが、カードキーが無いと中に入れない事をすっかり失念していた。
とりあえず資料室の前に出向いて、確かに何かの気配を感じた兼続は話が嘘ではない事を確認した。ならば資料室にどう入るか。そう考えた時に、真っ先に信繁の顔が浮かび、良く言えば助けを求める、悪く言えば巻き込む、という展開になった、というのが三成の聞き及んでいるところだ。

「信繁は平気そうだな」
「三成さんも」
「まぁ、な。俺は肯定もしていないし否定もしない」
元々資料室に入りたかった三成の希望は計らずとも叶えられることになったのだが、何せ出る、らしい場所なのだ。幽霊など怖くなくとも、気味が良いものではない。加えてこの資料室の雰囲気も相俟って何となく落ち着かない。
出る、と分かっていてその場所に留まるのは酔狂ではないか、と思いかけて三成はそれ以上考えるを止した。

こういう場面に慣れている兼続は今この場所にいない。札やら諸々の準備があるとかで、一度この場を離れたのだ。
最初から準備万端で来い、と内心三成は思ったが、それが兼続だ。三成は既に諦めている。

だが、信繁も信繁だ。三成が資料室に行きたいという事を伝えると“では資料室で兼続さんが来るのを待ちましょうか”と来た。時間を有効活用する意図なのか、幽霊など何とも思っていないのか、恐らくその両方だ。
前々から思っていたが、柔和な雰囲気を持ちながらかなり肝の据わった――むしろ剛胆、勇の者だ。
前期テスト前にさしかかり騒がしい図書館よりはこの場所の方が過ごすには最適の場所だ。それは三成も認めた。現に三成の前の信繁はテスト勉強をしている。
「三成さん?あの、お聞きしてもいいですか?」
「あ、ああ」
「どうしてまた資料室に?」
「……」
三成の手の中には手始めに読み進めている戦国の合戦の記録書がある。当然関ヶ原も記述してある。
信繁も三成の手の中にある本の題名を見て、不思議に思ったのだろう。それも無理はない。わざわざ資料室まで赴いて資料を読むなど、ただの知的好奇心からは少々逸脱している。そもそも三成は根っからの法学の畑の人間だ。

ふと甦るのは、あの占い師の言葉だ。
”400年前の同じ名前の存在をお調べになったら、何やみえてくるかもしれません”
――そうすれば見えるのだろうか。目の前の存在の深いところまで。遠い瞳の意味も、邂逅に沈む真意も、雨に肩を揺らせた奥底も。

「……信繁、」
「はい?」
呼びかけに信繁は条件反射のように柔らかい表情を浮かべた。聞いてはいけない言葉なのかもしれない、と三成は何故か思った。この言葉は信繁の琴線に触れるのではないだろうかと。だが聞きたかった。
「関ヶ原の戦いを、信繁はどう見る?」
「――――、」

瞬間、信繁の動きが、止まった。
そして同時に信繁の顔から表情がスッと抜け落ちた。

まるで時が止まったかのような一瞬の静寂に三成は信繁への違和感を強くする。
「信繁?」
「あ、すみません。関ヶ原…ですか?」
「ああ」
「何故、とお聞きしても?」
「知的好奇心だな。同じ名前の武将に少し興味を持った」
まさかお前に近づくため、とも言えずに、三成はもっともらしい言葉で誤魔化した。些か唐突とも言える三成の言葉に信繁は何も言わず、言葉を選ぶように慎重に口を開く。
「…関ヶ原は、単一的な側面から見るには複雑な戦でしょう。あれは合戦の銘をとりながら、謀略戦にふさわしい戦いだと私は思っています。だからこそ一日で決着が付いた。数の上、陣型を見ても西軍有利の戦であったと私は思っています」
「あの結末をどうみる?」
その三成の問いかけに信繁は一瞬だけ些か苦い表情を浮かべた。信繁にしては珍しい、表情だった。
「謀略、計略、裏切り――霧」
「霧?」
信繁から紡がれたのは予想外の言葉で、三成は思わず聞きなおしていた。
「開戦当日、霧が酷かった。見通しが効かなかったのです。それは武将の不安を煽るものでもあった」
「だがそれは東軍でも状況は同じだろう?」
「はい。ですが、家康は西軍側の武将に働きかけをしてた。家康からすれば三成殿の求心力とその智将としての頭脳が恐ろしかったのでしょう。家康は待つ男。そして三成殿は動く方。家康からすれば、三成殿の攻めの知略は恐ろしくて仕方無かったでしょう。だから家康は東軍につけと、例え開戦後であっても寝返ればその後の石高は保証すると囁いた。国を二分する戦いの中で明確に敗者と勝者が分かれ、中間が存在できない状況ではそれは甘美に響いたでしょう。戦いに理念無く、忠義無く、信念をもたず、自らのことだけを考える者にとっては。霧は見通し不明瞭な戦いを前に、まるで不透明な心を見透かすように迷う武将の心をも鈍らせた」
「裏切りに、繋がったと?」
「それはきっかけに過ぎません。それを敗戦に繋げるのは暴論でしょう。しかし…どうしてあれほど西軍に不利に働くような事ばかりが続いたのか――致命的な失策はどこだったのか。小早川の寝返りの際にすぐさま撤退すべきだったのか」

ふい、と視線をそらせた信繁は視線を窓の方に逃す。
その瞳は遠くに想いを馳せているようで、既視感が三成によぎる。それは過去の信繁の瞳と重なったからだ。あの春の日、大阪で、遠くを見つめた、あの瞳と。
信繁は気がついているのだろうか。――語り口がまるで時代の体現者の様になっている事を。いや、きっと気がついていないのだ。
だから、また遠くを見る瞳を、している。

「信繁、」
些か焦ったような三成の声で、信繁は遠くにやっていた意識を慌てて戻したようだった。目の前の三成を見つめて、少しだけ早口に戦いの締めくくりを口にする。
「日本全体を一つの戦場と見立てた戦は画期的だったでしょう。各地での挙兵も上手く進んだんです。何が、いけなかったのか、私にもわかりません」
「そうか」
何かを誤魔化すように笑う信繁に、三成はそれ以上聞くのは憚られた。それでも聞きたいこと、があった。
「石田三成の人となりは…、どの書籍でも一義的には同じような事が書かれてあるが」
「誤解されやすいんでしょう」
少しだけ信繁は笑った。それは今までの笑みとは少し違う。まるで過去の知り合いについて話しながら、まるで、優しい思い出し笑いをしているような。

――思い出し、笑い?

思い至った言葉に三成自身が衝撃を受ける間もなく、信繁は静かに言葉を続ける。
「特に政では素晴らしい結果を納められた。論に優れ、弁の立つ方ですから、腕の立つ武将には反感を持つものがあったとしても、それは仕方のないことかもしれません。それでもやはり誤解であり、天下をとった後、情報操作をした家康の策略が効を奏した結果でしょう。現に三成殿の領地であった近江では民の信頼は厚かった。戦国の世で徴兵と飢饉が多発していた頃に領主に不平なく、信頼さえされていたというのは尊ぶ事でしょう」
「信繁は西軍に思い入れがあるのか?」
信繁の言葉はあくまで西軍寄りの言葉だ。最初に三成が、石田三成の事を匂わせて話を切りだしたのだから当然かもしれないが、それでも小さな疑問は残る。
そんな三成の意を汲んだ信繁は困ったように眉を下げた。信繁は否定も、肯定もしなかった。
「江戸がなければ今の近代国家は無かった。徳川家康を否定することもまた傲慢でしょう。それでも。あの関ヶ原で西軍が勝っていれば、また別の世もあったのではないかと」
思うのです、と続けて、起こり得なかった未来を夢見るように少しだけ目線を手元に落とす信繁の語り口は酷く優しいものだった。そして何時もより、饒舌だ。
「上杉を始め、三成殿の考えに賛同する者は多かった。全国で同時に挙兵し、徳川側の足止めをさせる。関ヶ原本戦の後も最後まで徳川に抗った者は少なからずいた。あの戦いに意味を求めるというのなら、そういう事でしょう」

どういう事になるのか、己は本当の所は理解しきれていないのではないのか、そう三成は思った。
それはまるで知れば知るほど遠くなるような。足を踏み入れれば、踏み入れるほど、柔らかい信繁の部分に触れられるようで触れられないような、もどかしさ。
「信、――?」
もう一度呼びかけた三成の声は最後まで形にならなかった。部屋を覆いはじめた違和感に気が付いたからだ。
「…、三成さん」
それは信繁も同じで、先までの会話をしていた穏やかな空気はなりを潜め、三成と同じ一点を真っ直ぐに見つめていた。

薄紫に染まった世界。闇夜が訪れるまでの一瞬の境。
ざわり、とした不穏な気配。
そこに、それ、は居た。

「あれは…」
「兼続の話は本当だったのか」
資料が所狭しと並べられた本棚の間に、女の姿はあった。その場所には暗闇が根付いているのにも関わらず、女の周りだけはぼんやりと透けたかのように明るく、その輪郭も姿もはっきりと分かった。
女は何をするわけでもない、何を言うわけでもない。ただ立っている。
「兼続は何をやっている」
「すぐ戻る、とは仰っていましたが…」
が、戻ってきていない。
二人の目線の先の女はやはり何をするでもない。解決する術も能力も持たない以上、このまま兼続を待つべきなのだろうが、この世のならざるものを前にして時間を過ごすのも、どう考えてもおかしい。考えなくてもおかしい。

女から視線を外さないまま、早く来い兼続、と三成が心中で悪態を吐いていると、女の視線が、ふ、と寄越される。
そして何も映さないはずの虚ろな視線が二人を通り過ぎるかと思ったが、女の視線が、止まった。見開かれた瞳が真っ直ぐ二人を、否、信繁を捉えた。

『あなた…ずるい』
女が口を開いた。話すはずのない霊は確かに話した。
女の声は、確かに目の前の存在が口を開いたというのに、何処から聞こえてきているのかわからない。そんな声だ。
『ずるい、私もっと生きたかったのに!あなたは…!』
何故か激昂した様子の女の後ろから風が舞い起こり、ばさばさと資料が舞う。
女の言っている意味が分からない。三成は思わず信繁を見たが、信繁は見据えるような強い眼差しで真っ直ぐその幽霊を見ている。何時もとは質の違う、信繁の視線は相手の言葉の意味を捉えて受け止めた上での瞳のように見えた。

ばさばさと巻き上げられた紙が室内を舞い、視界を侵食する。その時だ。派手な音と共にドアが開き、二人が待っていた人物が姿を現した。
「三成、信繁!」
「兼続さん!」
「兼続!遅いぞ!」
怒鳴りあうような音量の声も、部屋を舞う資料同士が擦れ合う音と巻き起こる風の音のせいで、酷く聞き取り辛い。
「どうなってる!無害な霊のはずだ」
「俺に聞くな!!こっちが聞きたい!」
最早、兼続と三成のそれは怒鳴りあいだ。
『許さない…許さない…羨ましい…!』
対して女の声は紙と風の騒音とは別の場所から響いてくるかのように、酷く明瞭だ。その憎悪は真っ直ぐに信繁へと注がれている。その事に気がついたのか、兼続も表情に僅かな困惑の色を乗せていた。

「このままでは資料室がとんでもない事になります!…狙いは私です」
静かに紡がれた言葉。驚いて信繁を見つめる三成と兼続の瞳に映った信繁は、何かを決意したかのように二人を見つめていた。
信繁が資料室のドアに向けて走り出すと女の注意も信繁の方に逸れ、風も信繁を追う。狙いはあくまで信繁らしい。その姿を肩越しに振り返って確認した信繁は、二人へと大声で告げた。

「お二方!後の策はお任せします!」

「お、おい!」
「信繁!待て!」

そうして信繁は霊を引き連れ、資料室から飛び出した。





罪業の果て

――記憶ならない過去を見つめています