―――慕情、それは隠すべき感情。




夢を見ていた。―――けれどそれは夢?


ふ、と意識がゆっくり覚醒する感覚。それは水面から静かに浮き上がるような心地よさを纏って、幸村を夢から現実へと酷く穏やかに引き戻した。
「―――」
ああ、そうか。穏やかな覚醒と共に自分が置かれている状況をゆっくりと思い出した幸村は静かに息を吐く。その息にはもう熱は篭っておらず、痛みを逃すものでもなかった。ただ呼吸を確かめるようなそれだ。
次に幸村が僅かに周囲に視線を巡らせれば、その景色は高熱に体を支配されて意識を閉ざす瞬間に見たものと寸分も変わらないものだ。此処は慶次の部屋であり、幸村は慶次のベットに横になったままだった。
ぼんやりとした高熱の記憶はある。故に何日か経ってはいるのだろう。だが何日経っているのかまでは分からない。快く迎え入れられたとは言え、結局慶次のベットを占領したまま過ごしてしまった事に申し訳なさを感じながら、とりあえず体を起こそうとする。と、穏やかな気配が近づいて来た事を感じて幸村は顔を上げた。
「お目覚めになられましたか?」
「阿国殿…」
有無を言わせぬ口調、むしろ雰囲気だけで嘗ての戦国を震わせた男二人に一切の反論を許さなかった出雲の巫女は穏やかな笑みを浮かべて幸村を見つめていた。
「ご気分はいかがどす?」
「ええ」
“幾分か良くなりました”と続けた幸村はベットの中で腹部にそっと手を当ててみる。
其処には未だ包帯があったものの――さらりとした手触りは阿国が定期的に包帯を替えてくれた証拠なのだろう――その下にあったはずの傷はもうない。小さく皮膚の張る様な感覚はあるが、これもじきなくなる。そして傷も“無かった”事になる。綺麗に回復してしまうのだ。数日前までは内臓を紙一重のところで押し留めていた状態からここまで回復してしまえばそれも容易く、それこそが幸村の持つ死ねぬ理由の大きな要因の一つだ。

「私は何日程眠っていましたか?」
「三日。一時はえらい熱でどうしようかと思いましたわぁ」
その言葉に幸村は吐息だけで小さく笑うだけに留めておいた。冗談めかした言葉の裏に潜む本音と真実が分かっていたからだ。記憶もおぼろげで夢と現実の区別がつかない、――むしろ夢ばかりを見ていた。起きているような感覚があっても、それが夢だったという事実が意味していたのは、熱のせいなのだろう。幸村はそう結論づけた。

「…長い夢を見ていました」
無意識に呟いた言葉。己の言葉に夢の中の出来事を思い出して、幸村は酷く穏やかな心持ちになった。
「夢?」
「戦の記憶が夢に。懐かしい記憶です」
「まぁ、おっかない夢どすなぁ」
「他にも色々。嗚呼、夢の中でも私は熱を出していました。――都合のいい夢です」
「…夢ですか」
「どうかされましたか?」
「…いいえ」
阿国らしくない、一瞬考えたような声色に幸村は怪訝な表情を浮かべたが、阿国はそれ以上は何も言わなかった。

不意に途切れた会話に幸村は窓から空を見上げた。
太陽は高く、9月の下旬だというのに窓の外では夏の残照が存在を主張している。慶次がこの場に居ない事を考えると、今頃部活で指導に励んでいるのだろう。
後一週間もせずに後期の講義が始まる。寝込んでいたのが休みの間で良かったと幸村は考えて苦笑した。死にかけた者が考える事にしては随分平和のような気がしたからだ。しかし、それでも幸村には一週間も不在にして、友人達に心配をかけるわけにも、少しの疑念も与えるわけにはいかなかった。あの穏やかな時間を出来るだけ大切にしたい。

「どうなさるおつもりで?」
静かに問いかけられた言葉。その言葉に幸村はゆっくり阿国を見つめた。
先まで太陽を見ていた目には部屋の中が少しだけ暗く見えたが、幸村は穏やかな表情を崩そうとはせずに、ゆっくりと上体を起こした。少しだけ腹部にピリリとした痛みが走ったが、それも直ぐに気にならなくなった。
「…このままにはしておけないのは確かです」
風魔小太郎、その正体がどうであれ、殺す事自体は端から目的ではなかった。だが死ぬ傷を負わせることは目的ではあったのだろう。
高熱から冷めて、傷の痛みを感じなくなった幸村の思考はクリアで、傷を負ったときには分からなかった風魔の目的が霧の中からぼんやり浮かび上がってくるかのように明確にさせる。

――混沌を証明してみせろ
そう告げた風魔の言葉の意味。

混沌とは死なぬ自分、生き続ける真田幸村としての存在の証明。それを風魔はさせたかった。そして己は死ななかった。風魔の見込みどおりの結果は得られたという事になる。
その先を風魔はどうしたいのか――。そこまでは幸村にも分からない。それでも、
「狙いは私なのは間違いありません。必ずまた姿を現す」
ならば真正面から立ち向かわなければならないだろう。後手を取るつもりは幸村には無く、次は手加減も躊躇もしないと決意するその漆黒の瞳は猛将としてのそれだった。

そして何よりこの地には幸村の大切な者達が多すぎた。今回は不可抗力とは言え、慶次もを巻き込んでしまった。そして阿国も。今生であっても二人は並みの人間より戦慣れしている事を幸村は十分に承知していたが、慶次は転生を経験し、阿国は女性だ。戦国の世と何もかもが同じというわけではない。
そして。
幸村の脳裏を過るのは、二人の友人の姿。ごくごく普通の一般人である彼らをこんな奇異な状況に置くなど、幸村には絶対に許せない事だった。安寧の世で穏やかな生を。それは幸村の願いで、それを幸村自身が原因と為って壊す事など許せることではない。
だが風魔の事だ、天性の感と状況把握能力は忍びのそれだ。幸村の周辺も在る程度掌握しているに違いない。ならば――、
「誰も巻き込むわけにはいきません。ならば私は、」
「この地を離れる、と?」
笑みを湛える事を忘れない巫女らしくない固い声色に、それでも幸村は無理にでも穏やかな表情を崩しはしなかった。それ以外に、どんな表情をしていいのか幸村には分からなかった。
「何時かはそうしなければならないと思ってはいました。何も今すぐと言う訳ではないのです。もしあらかさまに姿を消せば風魔は私をおびき出すために、この地で誰に危害を加えるか分からない」
「それで、いんどすか?」
「慶次殿にも同じ事を言われました」
あれは夏の始まりの頃。静かに問いかけられた言葉を幸村は曖昧に誤魔化した。不誠実かもしれないと幸村は思ったが、言える言葉が見つからなかった。それは今もだ。

――二人に本当の事を告げないままでいいのかい?
あの時の慶次の無言の問いかけと、視線だけで再び問われる阿国の表情に幸村は何も言えないが、それでも幸村の中で答えは出ている。
答えは“告げない”だ。
普通に生きていって欲しい、望んでいるのはそれだけだ。ただそれだけだ。あの動乱の中で、ただ穏やかに生きると言う望みは余りに贅沢すぎた。幸村も三成も兼続も時代の本流の中で怒涛の生を紡ぐしかなかった。あの苦悩をしっているからこそ、今度こそは幸せに為って欲しいのだ。

しかしその先の幸せな未来の先に、上田信繁、否、真田幸村の存在は障壁にしかならない。

幸村の無言の返答にその真意を僅かに汲み取ったのか、そうでないのか、阿国は静かに目を閉じてゆっくりと口を開いた。
「三成はんが来られました」
「え、」
「昨日どす。まだ熱が下がっていない頃合に。えらい心配してはりました」
「それ、は」
突然の事に幸村は意味を成さない言葉だけしか紡げずに、ただ阿国を見る。
まさか何か気付かれてしまったのではないのか、心配をさせてしまったのではないのか、ありえぬ生を生きている片鱗を見せてしまったのではないだろうか――そんな言葉ばかりが巡って、結局幸村から意味のある言葉を奪ってしまう。
「何も言ってはおりません。熱があっただけだと。図らずもこの状態になったとお伝えしました」
その阿国の言葉に幸村は緊張させていた肩の力をゆっくりと抜いた。何も知られなかった事に一先ず安堵しながら、今度会った時に告げるべき三成への言葉を探して少し考え込んだ幸村の思考を遮るように、阿国は言葉を止めなかった。

「身を引けばいいと言うわけでも…もうないんやと思います」
その言葉に幸村は小さく体を震わせた。
「阿国殿、私は…」
“差し出がましいやもしれません。せやけども、”と続けた阿国は、幸村に鮮やかに真如を突きつける。

「真田幸村という存在がどうしたい、のか。私は未だ嘗て一度も伺った事がありませんのどす」

まるで冷水を浴びせられたかのように幸村は瞠目した。幸村はその阿国の問いかけに何も言えなかった。言える筈が無かった。それは誠としか言いようの無い有りの侭の事実。
――己は一体どうしたいのか。
幸村はそれを真正面から考えてきた事が今更ながらに無いことに気が付き愕然とした。否、考えてこなかったのだ。考えても仕方の無い事だと。考えても叶うはずの無い傲慢な願いだ、と。

何も言わぬまま、ただ阿国を見つめるしか出来ない幸村に、阿国は恭しく一礼した。
「病み上がりの身体に色々言わせて貰いました。すいません」
「いえ、阿国殿が謝られるような事は何も、」
「ただ此れだけは忘れんといてください。……向き合うことをせんと、ゆめゆめ諦めては後悔なはります」

そうしてまた阿国は静かに頭を下げた後、食事を持ってくるとだけ告げて静かに部屋を出て行った。




部屋に独り残された幸村は阿国の出て行ったドアを見遣ったまま、静かに考える。
「………」
阿国の言葉、慶次に言われてきた言葉、三成の何かを決意した様な姿、兼続の時に鋭い既視感を告げた言葉。今までの言葉が脳内を駆け巡る。
「私は、」
後悔は幾度と無くしてきた。否、後悔ではないかもしれない。正確には考え抜いてきた。この数百年、何度も何度も。

関ヶ原合戦。あの戦で何がいけなかったのか。上田で本戦敗退の伝令を受けた時の鋭い痛みを伴った衝撃もまだ覚えている。あの戦の敗因は分かっていても、それが何故誘引され、何が誘因となったのか、幸村には未だよく分からない。

そして大坂での戦い。数の上で圧倒的不利な戦だとは幸村にも分かっていた。それでも入城した時には誰もが負け戦だと諦めていたわけではない。そして幸村も諦めていなかった。あの関ヶ原で果たせなかった幸村なりの義を、それが例え旧友であった兼続の義と対立する事になろうとも貫き通すつもりだった。
例え敵という状況でも、兼続が兼続の義を押し通そうとする姿に安堵したのもまた事実だった。
そして後一歩の所で家康の首を逃した。それは後の世に風の噂で賞賛に値する猛攻だったと言われていると知っても尚、首を取れなければ幸村にとって何の意味も無かった。何故あの槍の切っ先が家康の首を捕らえることが出来なかったのか、幸村はふとした瞬間に邂逅に苛まれる。

そして山のような屍の上に立っても、終わらない生。
倒してきた敵の数、失った味方の数。それは余りに数多であり、幸村の足元には屍が積もっている。

大坂の後、死ねぬ体を持て余しながら身を潜めて生きる内に、敵味方関係なく知っていた武将はまた一人また一人と彼岸へと向かい、前田慶次、直江兼続という存在もまた彼岸へと向かっていった。
幸村は六条川原で友人の最期を弔うことも出来ず、上杉を立て直し、静かにその生を終えた友人を看取ってやる事も出来なかった。――何にも代え難い友人だったと言うのに。

望んだものが贅沢だったのだろうか。それでも幸村は多くを望んでなどいなかった。三成と兼続と過ごす何気ない時間、戦の事を話し合う時間、未来を語る時間も、何もかもが重要だった。それを失いたくなかった。ただ友人を失いたくなかった、それだけだった。何を間違ってしまって、その時間を無くしてしまったのか。幸村には分からない。

三人で過ごす光景は関ヶ原を機に失い、残った友人とは敵になった。
戦国の世では仕方の無い事実。ただ進む道が分かれ、背負うものが違っただけの話。
――それでも幸村はあの時間を失いたくなった。

そうして過ごしてきた長い長い時間。江戸から幾つも元号が変わり、人々の生活もまた変わった。
幸村は独りだった。死ねないが故に独りだった。それでも生きた。死ねぬことに気が付き、首と胴が切り離されれば死ぬかもしれないと思いながらも幸村は生きた。生きることを諦めはしなかった。戦国の世で道半ばで倒れていった数多の命の重さを知っていたからだ。

そして時代は流転し、幸村は新しい地で大学に入った。
其処に大きな他意はない。幸村の変わらぬ容姿が大学生に適合していたという事実と、前の居住地では誤魔化しが限界に来ていた。定期的に学生として生きてきた時期も数多くあったが、また再び何かを学びたいと思っていた。時間だけは有り余るほど、そしてこれからも在ったからだ。選んだ地は京都。それも偶然だった。だが。

あれは3月の割には温かい日だった。
履修申告でキャンパスに来ていた幸村は、気が向いたというただそれだけの理由で、何時もは通りもしない法学部棟の方を歩いていた。
その幸村の前に淡い桃色の花弁が一枚舞い落ちた。それは何かの巡りあわせだったのだろうか。幸村にも分からないが、兎に角その時の幸村の足は自然と花弁の舞い落ちてきた方に向かっていた。
桜の記憶は幸村にとって大きな意味を持つ。三人で過ごしていた束の間の太平の世、大坂で見た視界を覆う程の圧倒的な淡い花弁の中で皆で歩き、笑いあった記憶。幸村は無意識に見遣った先に桜の木を見つけその前に立った。
――見事な、桜だった。
小さな裏道の木は、まるで誇るように、存在を示すように、忘れ去られる事を怖れながらも、それでもひっそりと静かに佇んでいた。
暫く惚けたように桜を見つめていた幸村だったが、その時初めて後ろに別の存在の気配に気が付いた。桜に目を奪われすぎて、気配に聡い幸村でもその人物に気が付く余裕が無かった。それほどに見事な桜だったのだ。

そして。
振り返ったその先の姿に幸村は言葉を無くした。
その時、全身を駆け抜けた、全ての血液にも染み渡るような、衝撃にも似た感情を幸村は今でも覚えている。

『あなた、は…』
思わず声が震えた。瓜二つ、そんなものではない。そんな程度の話ではなく、そんな次元の話でもなかった。同じ、だ。同じ、だった。纏う空気そのものが同一であり、その疑いようの無い事実に幸村は全ての思考を停止させた。

輪廻転生。

もしもあるのなら、と思っていた夢想の世界が現実に為って目の前にあった。
もしも何処かで二人が生まれていて、知らぬ間に同じ空の下で同じ時を過ごしているのなら。そんな事をぼんやり考え、そんな事実があればと穏やかな気持ちになっていた。今の世で穏やかに暮らしているのなら、生が交差しなくてもいいと。そんな事実さえあったなら幸村は幸せで、そんな想像だけで穏やかな心持ちに幾らでもなれた。それが幸村の小さな永遠の生の中での安寧。そんな小さな夢想だけが、果てなく続く生の中でのたった一つの救いになっていた。

だが生は艶やかに交差した。幸村の望んでいたものが現実になった瞬間。それは春の日の桜の下。

『俺は、』
そして目の前の三成もまた、何かを言い淀んでいる様だった。その理由を未だ幸村は知らない。
『俺は―――、』
やっとのことで三成が言いかけたその時、もう一つの奇跡が舞い降りた。
『桜の花弁に惹かれて此処まで来てみれば、先客が居たようだ』
現れたのはもう一人の姿。はっきりと通る声は、視界を覆う様な桜の花弁中でもはっきり通っていた。

その時の心持ちを何と表現していいのか幸村ではその術を持たない。奇跡だとしか言い様が無かった。
幸村が望み、失い、それでも望み、夢想した事実が現実になった。それは幾千幾万の選択の中から、一致した偶然の選択をするようなものだ。どう考えても奇跡だった。
その時幸村は泣き出しそうになる双目を閉じる事で必死に自分を保つしか他なかった。

そして。
『私の名は、上田信繁、と申します』
名前も寸分も変わらぬ二人に告げた幸村が、名乗ったそれは真実では無かった。
巻き込みたくなかったのは本当だ。むやみに記憶を掻き乱すような真似をしたくなかったというのも事実だ。
それでも共に過ごす季節が増えるたび。記憶が重なるたび、果たせなかった約束が果たされるたび、幸村はどうしようもなくなっていった。共に過ごす三人の時間は余りに心地が良すぎた。時に泣きたくなるほど。

そして三成と過ごす時間は穏やかに積み重なる。

桜を見、風鈴を愛で、約束は秋の紅葉と冬には雪見へと連なり、来年の春にはまた桜を。
今や幸村しか覚えていない筈の約束を三成は叶えようと約定を交わしてくれさえした。その言葉がどれだけ幸村を救ったか三成は知らずとも、幸村にはそれだけで十分だった。
400年前、言えなかった嘗ての言葉。それは時を経ても幸村の中で風化などしていなかった。戦う事で、生き抜いていく事で、必死に自我を守りながら喪失の空白を埋めてきた幸村にとって、それは改めて突きつけられた事実だった。

―――三成、殿。

何時からか例えようも無く特別になっていた。小田原の地でのあの出会いから知った石田三成という存在は、何にも揺るがず、幸村の弱みまでもを見抜き、それでも幸村という存在を気遣ってくれる優しい人間だった。共に語り合い、武を褒め、柔らかく静かに笑う表情を時折覗かせる、あの表情を幸村は忘れた事は無い。
この想いは関ヶ原の後で封印したと幸村は思っていた。思い人は彼岸の先。時が来れば彼岸の先で、もしかしたら会えるかもしれないとしれないと思っていたが、死ねない運命に幸村はそれさえも叶わない事を知って、きつく心の底に押し込めた。

そうして出会った今生の世で、三成は寸分も変わらず三成だった。
不器用な所も、清々しい生き様も、今や政を担う嘗ての世とは立場も何もかもが違う事こそあれ、三成は三成だった。どうあっても三成は三成で、その生き様が変わらぬ限り幸村はまた惹かれてしまう。死ねぬ自分に先は無いと、すぐに別れがやってくると知りながら。また再び見え、友人になった事すら奇跡だというのに、それでも。

それでも。
「……っ」
幸村は咄嗟にシーツを握り締め、立てた膝に顔をうずめた。今まで見て見ぬふりをしてきた感情。それでも見ないふりは出来ない感情。殺さなければ為らない感情。

しかしどうしたいのかと問われれば幸村に答えは出ない。本当にどうすればいいのかが、分からない。感情のままで動けない理性と、知らぬところで動き出す事態が幸村を混乱させる。

それでもずっと。ただ一つの感情は変わらない。変わりはしない。
「みつなり、どの…」
再び呟いた言葉は震えていた。あの春の日とよく似た声色だった。

「お慕いして、います…」

ずっと、ずっと。
ただ慕っていました。

其れこそが幸村の揺ぎ無き、真実。






罪業の果て

――慕情。押し込めた蓋は静かに開けられて、