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―――今、それは連続の約束。 咳は埃のせいでは無かった。 三成はこほ、ともう一度咳をして、ベッドの中に収まったまま誰が見ているわけでもないというのに、その眉を最大限に顰めて室内を睨んだ。 あの後、家に帰ってみれば咳はどんどん酷くなり、これは埃のせいではないのではないか、――実際の所その通りだったのだが、そう思った時には既に遅かった。 夜半には全身の倦怠感。それでも俺が風邪如きで、と無理にやりすごそうとますます意地になって急ぎでもないレポートを片づけていれば、当然体調は悪化し、最終的には朝起きた時には講義に出るには何とも微妙なラインの微熱になっていた。 わざわざ体温計など男の一人暮らしの部屋にはおいていないが故に、微熱というのも三成の憶測ではあったが、経験からいってあながち外れてもいないだろうと三成は結論付けた。 熱と咳と倦怠感。どう考えても答えは一つ。 風邪、だ。三成はものの見事に風邪を引いた。 「……」 三成はむっつりと黙り込んだままベッドの中で寝返りをうちながら時計を確認する。もうそろそろ講義が始まる時間だ。 普段からその出来すぎた頭脳を持つ三成にとって、一度講義を休んだとしても何ら問題ないが、誰にも言わずに黙って休めば、心配してくれる友人がいる。このまま大学に顔を出さなければ、確実に兼続が電話をしてくるだろう。敢えて信繁ではなく兼続だと断言できる。誰よりも我先に行動を起こすのが兼続なのだ。そして信繁は電話をする兼続の隣で少しはらはらしながら成り行きを見守っている――そんな姿が容易に想像できる。 しかし風邪ひきの状態で携帯のスピーカーさえも貫くような兼続のあの声は少々堪える。そして冷え込んだ事くらいで風邪を引いた三成をからかうはずだ。ただでさえ調子がよくないというのにそんな事までされたら、怒りの余り頭痛まで引き起こしそうだ。 これは何かを言われる前に先手を打って、さっさとメールでも送っておいたほうがいいだろうと三成は携帯のフラップを開いて、メールの画面を呼び出す。 ――信繁はどうだろうか。 三成はメールを打ちながらぼんやりとそんな事を思った。 紅葉はまだ赤く、美しい姿を見せているが、今年の気温の急激な冷え込みにその赤が散るのも早いらしいと聞く。まるで今に留まることを許さないといわんばかりに。紅葉の盛りはすぐに去ってしまうだろう。 そんな事をぼんやり考えながら、三成はメールの送信ボタンを押す。メール送信完了の画面を確認してから、三成はベッドに潜り直し、目を閉じる。部屋にあった市販の風邪薬が効いてきたのか穏やかな眠気がゆるゆる三成の意識を深みへ沈み込ませていく。 ぼんやりと夢に落ちる瞬間。 脳裏に巡ったのは、紅葉の燃えるような赤の中に佇む信繁の姿、どこか遠い記憶、そして武道場で見た姿、瞳の奥にきらめく炎。 真田、幸村。――ゆき、む…ら。 浮かんだのはその名前。 眠りに落ちる瞬間、脳裏に再生されたおぼろげな残像は、争乱の匂い、戦場特有の喧噪、赤い甲冑、日の光を受けてきらりと輝く十文字槍――六文銭。 そして三成は夢を見る。夢、を。 *** インターホンを押しても返事は無かった。 はてどうしたものかと幸村は思案する。手には道すがらのコンビニで買ってきたスポーツ飲料と消化良さそうなゼリーの類が入った袋が風に吹かれてかさかさと音を立てている。 三成が風邪を引いたと知らされたのは、突然鳴り響いた携帯電話のディスプレイを見た兼続の台詞からだった。 『三成が風邪を引いたらしいぞ』 『え、風邪…ですか?』 昼休みの学生で賑わう学食はその安さから今日も大盛況だ。その一角に陣取っていた兼続と幸村は一向に三成が現れない事を不思議に思っていた所だったのだ。ちょうどその時鳴ったのは兼続の携帯電話で、差出人はその三成だった。 午後の3コマ目からしか授業が入っていない三成でも昼には学食に現れて一緒に昼食を取る事が常だ。それが2コマ目までしか授業を入れていない幸村と会うためだという、三成の本心の表れだという事を兼続はそれとなく気が付いているが、幸村は知らない。 携帯の文面をざっと確認した兼続は箸を置いてから、視線を携帯電話から幸村に移動させて口を開く。 『今日は休むそうだ』 『それで体調は』 おずおずと真っ先に体調を聞いた幸村に兼続は小さく笑ってみせる。 『微熱程度だそうだ。まぁあの三成の事だ。病院には…』 『行っていないでしょうね』 『だろうな。鬼の撹乱だな』 “大方この季節の変わり目で体調を崩したんだろう”と少し悪戯っぽく言いながら兼続は手早くメールの返信を打つ。その姿を見遣りながら幸村は少し考え込んでから小さく口を開く。 『……私は今日はこれで終わりですから、三成さんの様子を見に行ってきます』 『ああそうだな。三成もきっと喜ぶ。俺は明日三成が出てきたら散々からかってやることにしよう』 この後も講義が最終コマまでぎっちり詰まっている兼続の楽しそうな声に幸村は苦笑した。それが義に厚く優しい彼なりの気のかけ方だと幸村は十分に分かっている。 幸村は空になったプレートを持って立ち上がる。頭の中は道すがらコンビニで調達していく差し入れの事で占められていた。 『では行ってきます』 『三成によろしくな』 しかしドアが開いていなければ意味がない。インターホンにも応答はない。 風邪の時には休養と十分な栄養が必要だ。自分の体に関して無頓着なきらいのある三成が何か口にしているとは思えない。あまり甘いものを好まない三成の好みにも最大限に配慮したつもりで、風邪の時に食べた方が良さそうなものを選んできたつもりだ。 ドアの前で幸村は暫し考え込んだ後、あ、と小さく声をあげた。 そういえば鍵を預かっていた。 以前、レポートに必要で本を貸りる約束を三成にとりつけた際に、講義後の互いのスケジュールに折り合いがつかず、三成から鍵を渡され、家から自由に持っていってくれ、と言われたのだった。 「………」 幸村はポケットから出した自分の鍵と共にキーホルダーに付けてある三成の鍵をじっと見る。 そして暫し考え込んでから、この鍵を使うことに決めた。この鍵を借りた本来の目的からは若干外れているが、仕方ない事だろうと無理矢理自分を納得させて、鍵穴に差し込んで時計回りに回せば鍵は簡単に開いた。 部屋の中は静かだった。 「三成さ、ん?」 小さく声をかけて、幸村は部屋の中に足を踏み入れる。返事も無ければ、気配の揺らぎも無い。一歩歩くたびに静かな部屋にやたら大きくビニール袋の擦れる音が響いて、幸村は音を立てないように無意識にレジ袋を抱えるようにして歩く。 黙って部屋に上がってしまった事に僅かな罪悪感を抱きながらベッドの方に視線をやると、そこに幸村の求めている姿があった。 「三成さん?」 そっと小声で呼びかけてみるが、その瞳は閉じられたままだ。少し眉間に皺を寄せていながらも、その呼吸は規則正しい。 傍にそっと寄って額に手を当ててみると普段よりも高い熱を伝えてくるが、今すぐ病院に駆け込まなければならない様なものではない。出来れば病院に行って処方箋をもらった方が治りは早いのだろうが、眠っている三成を起こすのも酷な様な気もするし、大丈夫だと言って行かない気がする。ならば寝かせておいた方がいいのではないか、と幸村は思う。一応市販の薬は飲んだようだ。ベッドサイドに空箱が置いてある。 「……」 ひとまず息をついた幸村は冷蔵庫に買ってきたものを入れておこうと腰を浮かせた。そして至極当たり前の動作として視線をベッドサイドから外そうとした。 しかし、先まで意識していなかった視界の隅に映ったそれに幸村は動きを止めた。そして幸村は“其処”を見つめたまま動く事が出来なかった。立ち上がった姿勢のまま、動きを止めて“それ”に見入る。 そこには。 扇、があった。普通の扇ではない。――鉄扇だった。 「幸、村」 そして次の瞬間、幸村は呼吸さえ止めた。 * 夢を見た。夢だったのだが、あいにく三成は夢の中でそれを夢だと認識していなかった。ただ真っ当な夢らしい夢を見ていた。 ああ、本陣か。三成は周囲を見渡してそんな事を思った。 大一大万大吉の家紋が至る所に掲げられ、周囲の喧噪は戦が終わったばかりの独特の空気を伝えてくる。――火薬の匂い、何かが焼けた匂い、僅かに漂う血の香り。 ああしかし。三成は思う。 これは勝ち戦の空気だ。何処と無く空気が弾んでいる。三成の隣を通り過ぎていく他の武将達が三成に一礼をしてから去っていく。しかしその表情の中に滲む疲れはあるものの達成感が見え隠れしている。指揮を取っていた者、軍師達は一様に小さく息をつきながら戦の後の処理を指示していた。勝ったのだ、この戦に。そうでなければ指揮を取った三成が無事でいるはずがない。 ならば幸村は。幸村は何処だ。と、三成は周囲を見回す。 勝ったのならその功績の後ろに必ず幸村の存在が在るはずだ。今回も幸村は恐らく本陣に単騎で突入したのだろう。ならばこの勝ちは幸村の功績に寄る所が大きい。しかし幸村が無事でなければ意味が無い。幸村がいなければ。幸村が。 三成は鉄扇を持ったまま本陣を出る。遠くを見遣れば敵本陣あたりに掲げられた勝ち鬨。其れは六文銭。混乱と騒乱の中でも空は青く、その紅い御旗は天に栄えて風に誇り高く靡いている。まるで天の下を丸ごと制したかのような凛とした御旗はそのまま幸村を連想させた。 嗚呼、やはり幸村のおかげなのだ。ならば無事を確かめなければ。無事を。幸村の無事を。 そして本陣の外れ。こちらに向かってくる見慣れた紅い甲冑を見つけた瞬間、思わず三成は叫んでいた。 『幸村!』 思わず大きな声が出てしまっていても、幸村に歩み寄る足が無意識に小走りになっていても三成は構わなかった。早く無事を確かめなければ。大きな怪我は無いか、疲弊しては居ないか。痛みを隠して笑う幸村の無事を。本陣に詰めて指示を出す事しか出来ない己が幸村にしてやれることはこれくらいしかない。幸村の身を案じ、そして自分が安心したいが為に駆け寄る事くらいしか。 『三成殿?』 駆け寄る三成を視界に収めたらしい幸村が不思議そうに小首を傾げる。まさか三成がやってくるとは思っていなかったのだろう。いつもそうなのだ。総大将を務める三成が本陣を抜け出して幸村に声をかける度、幸村は恐縮したようにしながら少し笑うのだ。三成の中で幸村という存在がどれ程大きいのか、当の幸村は気が付いていない。 『怪我はないか?幸村』 『ええ、この通り怪我はどこにも負っていません』 その姿も纏う空気も何時も通りだ。無事だ。無事でよかった。 『ならいい』 今まで口下手な事を悔やんだ事はないが、幸村と知り合い、懇意になり、戦場を共にし、こうして話をする度に三成は思う。もっと上手に言葉を使えたら、と。もっと上手い言葉があるだろう。兼続のように話すことも出来たはずだ。けれど三成は三成でしかなく、幸村には思いの丈を率直に告げられない。 生きていてくれて嬉しいのだ、と。思うのはこれほど簡単だというのに、音に乗せられない。 そんな三成の葛藤に気が付くはずの無い幸村はゆっくりと空を見上げた。三成もつられて空を見上げる。戦の時はただ勝つ戦法を考えているばかりで見る余裕など微塵もなかった空の蒼が網膜に焼き付く。空は地上の血を伴った争乱など、人々の葛藤も悲しみも、何も知らないかのように、抜けるように青く、蒼い。 『この戦も勝ちですね』 『幸村のおかげだ』 『いえ、三成殿の采配でしょう』 違うんだ幸村。またその一言が三成には言えない。 違うんだ、幸村。お前が居なければ勝てなかった戦が三成の記憶の中で数えるだけでも幾らでも思い出せる。だから幸村。 幸村。 そのもどかしさに三成は握っていた手を強く握りなおす。 何故かその焦燥感は懐かしく、今ではない何処かでこの場面を思い出しているような――そんな気さえしていた。 * ふ、と次に三成が目を開いた時にその場所は見慣れない場所が広がっていた。 何処だ、そう思う。記憶に無い場所だった。景色が酷くぼんやりしている。見えるのは何処かの天井だ。言い換えれば天井しか見えない。何処なのか。見覚えがあるようで全く無いような気がする。結局の所、全く分からない。答えを探そうと考えれば考えるほど、何故か上手く思考が巡らず、答えがまとまるどころか、酷く曖昧なままだった。 これは何だ、と、三成が考えた所でこのままならない感覚の正体を知った。 そうだ、これは熱だ。熱を出している時の感覚だ。 熱を出しているから自分は横になっている。だから天井しか見えないのだ。三成は理論整然とそんな事を思った。 しかし此処はどこなのか。その根本の所が分からない。三成は状況を把握しようと視線を巡らせ、その傍に見慣れた姿を見つけて、思わず声をかけていた。 「幸村…」 幸村の姿を見た瞬間、三成の中で此処が何処だとかそんな疑問が吹き飛んだ。幸村が居るのならば、害ある場所ではないと三成は知っている。 「ゆきむ、ら」 もう一度呼びかける。弾かれたように顔を上げて三成を見つめる幸村は驚愕でその瞳をめいいっぱい広げていた。心なしか顔色も何時もよりずっと白いように見える。その理由を三成は知らない。 「三成、どの」 幸村のその声は震えていた。今まで聞いた事のない、か細い、か細い声。 そして、次に起こった幸村の異変に三成は朦朧とした意識の中で息を詰めた。 「どうした」 「え、」 静かな問いかけに、幸村は何か分からないといった風に三成を見つめる。三成は“それ”を気付かせるように、“それ”を拭ってやるように右手を伸ばし、幸村の目じりに触れた。 「泣いている」 人差し指に暖かく濡れた感触。それははらはらと美しく太陽の光を反射しながら幸村の眦から零れ落ち、頬をつたい、幸村の頬と三成の指を濡らしていく。 そんな三成の仕草にやっと自分が泣いている事を知ったのか、幸村は困ったように笑いながら涙を拭う。しかし涙は止まらない。はらはらと零れ落ち続ける涙に、幸村の表情は泣き笑いのような不思議なそれになった。 「ああ、おかしいですね。…いえ、これは三成殿の気のせいです。三成殿には熱が、」 熱があるのです、と続けた幸村に、そうか気のせいなのかと思う反面、そんなわけがないとも思う。この暖かい感覚は確かに涙だろうと思うからだ。 けれど熱のせいで思考が巡らない。此処が何処かも知るべきなのに、聞く気持ちも湧き起こらない。ただ幸村がいるという事実で、何か満たされたような奇妙な感覚が脳内を占めて他の疑問を押し流すように排除していく。 「ああ、そうか。だからか」 「そうです。”だから”です。政務でご無理がたたったのでしょう」 「治ったら左近め…覚えていろ」 仕事を運んでくる張本人への恨み言を呟けば、また幸村が小さく笑う。けれど眦から落ちる涙はやはりきらきらと太陽の光を反射して一向に消える気配は無い。 矢張り泣いているではないか、三成は思う。 「やはり泣いている」 「いいえ、泣いていません」 「我慢をするな。幸村は我慢を、し過ぎる」 「そんな事はありません」 何が幸村に涙を流させているのだろうか。あの幸村に涙、を。そんな存在が在るのだろうか。それは何なのか。凛とした姿を崩さないあの幸村を乱す、何か。三成はそれにさえ嫉妬する。 けれど今は幸村が泣いている。笑顔を浮かべながらはらはらと。見ているこちらが苦しくなるような、恐ろしいほどの笑顔で。そんな無理はせずとも良いというのに。 「泣くな…いや泣いてもいい。しかし幸村、」 ああ言葉が上手く出てこない。三成は再び口下手な己を呪った。我慢するなと言いたいし感情を抑えるなとも言いたい、けれど泣かずに済むのならそうあってほしいと思う。けれどそんな矛盾した思考は、矛盾を嫌う三成だからこそ上手く言葉に出来ずに沈んでいく。 「はい。…分かっています。ありがとうございます。――三成殿」 そんな三成の葛藤をも知っていると言わんばかりの表情で幸村は静かに頷いた。涙は止まっていない。 「しかし三成殿…今は、ただお眠りください」 その柔らかな声。まだ起きていたい、幸村の涙が止まっていない、そんな感情とは裏腹に、幸村の声がまるで引き金になったかのように三成は夢の世界に静かに落ちていった。 *** 再び眠りに落ちた三成を見つめてから、幸村は涙を拭った。 「……」 綻んできている。何かが確実に、何かをきっかけにして。しかしそのきっかけが何だったのか幸村には皆目検討がつかなかった。そもそもきっかけがあったのかさえ。ただ糸が解れるように綻んできた自然の流れなのか、それとも何かをきっかけに小さな裂け目が出来て、そこから綻んでいったのか。分からない。 “幸村”――そう呼んで貰えた事さえ奇跡で、それを望んではならず、あれは夢だったのだと、白昼夢だったのだと思い込まなければならない。先は現実ではない。そう思わなければ、再び泣いてしまいそうだった。 幸村は部屋の隅に置いてあった書籍を手に取った。どれもが真田幸村のものだった。ここまで調べたのか、と思う反面、矢張り確実に綻んできているとも思う。鉄扇も然りだ。 目を覚ました三成と普通に話すことが出来るだろうか。幸村は考える。出来なくともしなければならない。出来ないなど赦されないのだ。あれは全部夢で済ませられる出来事で、夢うつつの三成がそれを覚えているかどうかさえ怪しい。例え覚えていたとしても知らぬ存ぜぬで通さなければ為らない。そう“しなければならない”。そしてそうしてみせる。例えぎこちないままでも。そしてぎこちなさに拍車がかかったとしても。 ぎこちない、そこまで考えて幸村は思った。 夢だ。 あの夢。 何時のものか思い出せなかったあの夢。 あの夏の日、風の悪魔と対峙して熱を出した時の夢の中で見た熱の夢。 何時のものか分からなかった過去の記憶。 あの夢を見てから三成は真田幸村を調べるようになったのではないだろうか? ――まさか。 幸村はその先の自らの思考に激しく動揺した。 もしかしたらあれが夢ではなかったら? 記憶に無かったのは過去の出来事ではなく、“今”の記憶だったとしたら? 今の三成のように夢うつつで言った現実、だったとしたら? 「―――ッ、」 ざ、と体温が一気に下がった気がした。ぐらりと世界が揺れる。 そうだこれで全て説明がつくのではないか。 綻びはあの時から。そしてその引き金を引いたのは誰でもない自分自身。そしてそのせいで三成が混乱に陥ったとしたら。そして真田幸村を調べたのだとしたら? 自業自得だ。行いが自分に戻ってくるとはこの事で、隠し通せるはずが無かったのだ。 隠す事は騙す事と何処か似ていて、その悪行は必ず還元される。 “自ら真実を掴みとろうとする者もいる。――例えば三成のように” 幸村はそれを肌で、目の前の出来事として、確かに感じ取った。 *** 不思議な夢を見た。 目が覚めた瞬間、信繁の姿が飛び込んできて、三成は一瞬幻覚を見ているのかと思った。何故ここに信繁が居るのか理解が追いつかなかったからだ。 「大丈夫ですか?」 「…信繁?」 「すいません、鍵を勝手に使ってしまって」 鍵を見せてから兼続さんからのメールで風邪をひいたと知ったので、と続けた信繁に三成は“いや、いい”と答えて、やっと自分が風邪を引いたことを思い出した。そして兼続にメールを送った事も。 様子を見に来てくれたのだろう。ベッドサイドにはスポーツドリンクも置いてあった。素直に嬉しいという言葉は音にならずに、ただ三成は“すまなかった”とだけ告げた。 ふ、と息を吐いて随分体が軽くなった事を感じる。熱も引いていったようだ。気だるさは残るものの、明日には大学に顔を出せるだろう。 そんな事をぼんやり考えて、傍らの気配がみじろぎせずにじっとしている事に三成は気が付いた。俄かに感じる視線も真っ直ぐ三成を捉えていて、その慣れぬ気配に三成は信繁を見た。 「……信繁?」 信繁は今にも泣きそうな、それでいて淡い笑みを浮かべたまま、じっと三成を見ていた。 「三成さん、」 呼びかけるその声は何時もと同じであるはずなのに、確かな重みを伝えて、三成の心に響く。 「私はこのままでいたいだけなんです。ただ…ただ、」 今にも泣きそうな表情だった。今にも消えてしまいそうな笑顔だった。 「信繁、――どうしてそんな顔をしている?」 かろうじて三成に言えた言葉はそれだけで、その三成の乾いた声に、信繁は何も言わなかった。ただじっと三成を見つめるだけで、信繁はそれ以上、何も言わなかった。 じりじりと三成の中で何かが焦げる。 おぼろげな夢の残像が三成にしきりに訴える。思い出せ、と。呼び戻せ、と。追いつけ、と。 焦るばかりの心は衝動だけを揺り動かせて、三成を所在ない気持ちにさせる。此処に漫然と在ってはいけない。此処に終始したままではいけないと、何か何処かから訴えかけてくる。 このままでいたい、――それは三成の願いをやんわりと押し戻す柔らかい柔らかい信繁の拒絶。優しすぎて残酷過ぎるほどの、拒絶。 それを漠然と感じながら、三成は今にも泣きそうな表情を浮かべているだけの信繁を見つめることしか出来なかった。 |
罪業の果て ――今。ひびが入った永続の夢、 |