ああ、きっと己はこの人の事が好きなのだ。 そう気づいた時と、その恋が叶わないと知ったのは、同時だった。 一瞬の恋 南中。 じっとりとした湿気をはらんだ熱気が兵の体力を容赦なく奪っていく。 対するは曹魏。気の抜けない相手であり、現在は遠呂智の配下。 覇道を貫き、誰にも屈しないあの曹操が何故遠呂智の配下に下ったのか。 しかし何故という問いなど意味が無い。相手は敵、ただ敵は倒すだけだ。 趙雲はそんな事をぼんやり考えながら、愛馬を走らせる。すると前方に誰のものとも分からない断末魔に血の匂い。激戦地。その中心部に赤い甲冑。 ――幸村だ。 「大丈夫ですか!幸村殿!!」 趙雲は愛馬に乗ったまま、幸村の周囲の敵をなぎ倒す。ぎゃあ、とまた一つ断末魔が響いた。 「ええ、趙雲殿も大丈夫ですか」 「見ての通りです。先に伝令から北方の拠点は潰した、との事。此処が正念場となるでしょう」 趙雲は愛馬から飛び降り、幸村の背後に回る。二人は背中合わせに取り囲む敵と対峙した。 「そうですか。分かりました」 幸村が槍を振るう。 まるで流れるようなその刃先。しかしその刃先は確実に敵を捉えている。その姿に一瞬、趙雲は目を奪われたが、目の前に敵が居る事を思い出し、槍を振った。 趙雲は幸村ほど強く美しく戦う武人を見たことが無い。そして安心して背を任せられる人間は幸村以外に知らない。 同じ槍使い。だが、趙雲と幸村の戦い方は一見すると似ているようでまるで違う。 最初に、舞いの様な戦い方に目を奪われた。そして、凛としたその瞳に驚いた。 血の色と同じ、その甲冑の赤は輝いて。その全てが趙雲の脳裏から離れない。 彼は、強い。 魏、呉、蜀の名だたる武人にも少しも引けを取らない。 手合わせをしてみたいとも思う。今の自分がどれほど強いのか、幸村との手合わせで分かるような気がした。 だが。 それ以上に何故か惹かれる。その姿、全てに。 瞬く間に2人の周囲に屍が積みあがる。 2人の若き武人の前に敵はいないと言ってよかった。激減していく敵。終わりはすぐ其処だ。 「趙雲殿!敵が引き始めました。後は他の隊の応援に向かいましょう」 「そうですね。では私は本陣前に…」 しかし。 不意に背後の幸村の空気が変わった。 「…幸村殿?」 その趙雲の問いかけにも幸村の反応は無かった。その視線は一点に注がれたまま。幸村の視線を追って趙雲も目の前を見る。 その先には、 「幸村…?」 「三成、殿…?」 幸村の前に立ちはだかっているのは趙雲の見たことの無い人物だった。驚いたような2人の視線が交差している。知り合いなのだろうと言う事は容易に知れた。 幸村の視線の先にいるのは、恐ろしいほど整った顔立ちの男。しかしその表情は些か冷たくも感じられた。 味方ではない。ならば敵だ。 「なぜ、魏に…」 呟く幸村の肩が僅かに震える。 趙雲は咄嗟に幸村を庇うように前に出ていた。何故かは分からない。分からなかったが、感情の思うがままに強い瞳で目の前の人間を睨みつける。 その趙雲の敵意剥き出しの瞳に、先まで少し驚いていたような表情をしていた“三成”と呼ばれる人物の目が細められる。冷えたような敵意が僅かに趙雲を取り巻く。 しかし、その静かな時間は長くは続かなかった。 僅かに生き残っていた敵が、背水の陣と言わんばかりに一斉に幸村と趙雲に飛び掛る。 「……っ、趙雲殿!」 「ええ!」 直ぐに自分を取り戻した幸村が趙雲と連携を取りながら敵をなぎ払う。その動きは先までと同じように見える。しかし趙雲には僅かにその槍から滲み出る動揺を感じ取っていた。 「幸村、一緒に来い!」 悲鳴と武器同士がぶつかり合う喧騒の中、その声はやけによく響いた。 槍を振るいながら幸村は三成を見ていた。 三成も幸村をただ、真っ直ぐに見ていた。 (―――ああ、そうか) その瞬間。趙雲は察した。 この2人は、恐らく。 そして己が今抱いている、この感情は、きっと。 趙雲は槍を振るいながらも。三成を見つめる幸村を眺める。 幸村が何かを言おうとして開きかけた唇が、不意に引き結ばれた。 「ゆき、 「趙雲殿!この地のこの気候は体力を消耗します!早く此処を片付けてしまいましょう!」 趙雲の声を遮った幸村はもう三成を見なかった。 そして三成も幸村に何も言わなかった。 「――そうですね。そして戻りましょう!蜀に!」 “蜀に” そう付け加える己に少し後ろめたさを感じないわけではなかった。が、手放したくない。 手放しくない、のだ。 「ええ、そうですね」 そう小さく呟く幸村に安心する自分は、 趙雲はやけに鮮明になっていく思考を自覚しながら、敵をなぎ払った。 ――幸村を、蜀においておくために。 |