「ねぇ、前田の旦那。夢を叶えるにはどうしたらいいと思う?」


いきなりの佐助の問いに、慶次は一瞬愛馬の手入れの手を止めた。それからその意味を直ぐに悟ったのか、慶次の後ろ、木の上で座っている佐助を振り返った。
「…へぇ。粋な事を聞くねぇ」
「粋じゃあ無いっしょ」
「いやいや、戦後乱世。“夢”なんざ語れるなんて余裕の証拠じゃあないか」
「あんまり余裕でも無いんだけど。」
佐助が呟くと、慶次は小さく笑った。
「夢をかなえる方法なら、当の夢見る本人が知っているんじゃあないのかい?」
慶次が愛馬の手入れを再開しながら言うと、佐助が小さく息を吐いた。
「そこなんだよねぇ…前田の旦那」
「何だい。問題でもあるのかい」
「それが大有りで。俺の夢、叶えちゃったら…大事な人の夢を壊すんだよねぇ」
「ほう、そりゃ大問題だ」
慶次の口調は変わらない。佐助の悩みを如何でもいいと思っているのか、それともその口調が常なのか。
佐助には分からなかったし、別に知る必要もないと思った。それが前田慶次という男だ。

「…で?悩める忍びさん」
「はい?」
いきなり問いかけられて佐助は間の抜けた答えを返した。
慶次は愛馬の手入れを終えたのか、愛馬に背を預けながら佐助を見ていた。

「どっちの夢を優先させたいんだい?」

慶次が全てを見知ったように笑った。
佐助も小さく笑った。
「分からないんだよねぇ…これが」
そう言った瞬間、佐助は木の上から消えうせた。黒い羽を数枚撒き散らして。

「いいねぇ。あの技、忍び出なくても習得できるのかねぇ」
羽を拾い上げて、慶次はのんびり呟いた。



***



「ねぇ、直江の旦那。夢を叶えるにはどうしたらいいと思う?」
「佐助か、急にどうした?」
驚いたように兼続が言うと、佐助は少し笑った。

兼続が縁側で森が奏でるせせらぎを聴きながら、茶をすすっていた所でいきなりのこの質問だ。
とりあえず意味が分からず、兼続は佐助を見つめる。
「ご休憩中、お邪魔だった?」
「いや、別にそれはいいが…」
「いや〜“夢を叶える方法”について直江兼続様にご教授願おうかと思って」
「また随分突飛な質問だな。して夢の中身は?」
「そーれはちょっと人に聞かれるとマズイもんで。出来れば追求して頂かない方が」
佐助が緩く笑って言うと、兼続もゆるく笑った。
「分かった。ではその悩みとやらを“中身が触れない程度”に教えてもらいたいんだが」
「自分の夢を叶えたいんだけど、それやっちゃうと大事な人の夢を壊すってトコかな」
「ほう、それは難しい悩みだな」
兼続は思案気に右手をあごの下に添えて考え始めた。
「直江の旦那、そんなに深刻にならなくていいから」
佐助は笑って思考の海へ飛び込もうとする兼続を止めた。

兼続は面倒見が良いし、義と愛を誓っているせいか、困っている人間を放ってはおけないのだろう。それが兼続の人望の厚さに繋がっている。佐助は何処までも面倒見の良い主の友人を持って、良かったなぁ、とのんびりと考えた。
だが、佐助は確かに兼続に意見を求めたが、そこまで親身になってもらう必要も無いのだ。

「ただ、直江の旦那なら如何するか…って話。それを聴きたいだけ」
「そうか。私ならば…どちらが大切か、それを優先するだろうな」
ポツリと呟いた瞬間、となりの気配が消えた。何事かと兼続が目を見張ると、黒い羽が2,3枚舞い降りてきた。
「忍びの術か…」
兼続が驚きながら小さく呟くと、その佐助が座っていた場所に何やら置いてあるのを見つけた。
兼続は不審に思ってその笹に包まれたものの中身を確かめて、少し笑った。
「…団子か」
これがあの忍びの感謝の表し方なのだろう。兼続は静かに笑って、茶をすすりながら、団子を一つ口に入れた。



***



「ねぇ、石田の旦那。夢を叶えるにはどうしたらいいと思う?」
「…は?」
いきなりの言葉に、三成は盛大に眉をしかめた。
声は天井から聞こえた。相手を確認せずとも分かる。この間延びした声は幸村の忍び、佐助とか言う名前だったか。
「でも大切な人の夢を壊さないためには、自分の夢を今すぐかなえるって訳にはいかない。石田の旦那、さーて、どうする?」
挑発的に肩眉を上げ、三成に問いかける姿に三成は多少の苛立ちを覚えたが、何事も無かったように書状の続きを書き始めた。
「うわー無視?」
「まず人に問うときは、そんな天井にぶら下がっていないで同じ目線で問うたらどうだ。…それとも落として欲しいか」
三成が静かに鉄扇を取った事で、冗談でない事を悟った佐助が慌てる。
「ちょっタンマ!タンマ!降りますから!」
その声と同時に佐助は空気のように、淀みなく、気配さえ感じさせないようにスタリ、と降り立った。

「で、何の用だ。俺は忙しい。用がないのなら出て行け」
「いや、用って…さっき申し上げさせて頂いたんですけど」
佐助が言うと、整いすぎた顔が佐助を捉えた。
「夢がどうとか、その話か」
「当たりー!流石、石田の旦那!」
「くだらん」
しまった茶化しすぎた、と佐助が思っても後の祭り。不器用で堪忍袋の緒が簡単に切れる男の眼中には既に佐助の姿はなく。淡々と執務をこなし始めていた。
全く持って扱いづらい男だ。決して悪い男ではないと佐助は知っていたが、もう少し愛想を振りまいてみても良いだろう。佐助は胸の中でこの男の家臣である左近に同情した。

「分かった。旦那。ここは本音勝負でいくよ」
佐助は観念した。この男に誤魔化しも嘘も通用しない。真面目に会話したいのならば、こちらも真面目にならないと話にならない。
佐助は声を低くして、言った。

「要は“俺の夢を叶えたら、真田の旦那の夢が潰えるんだけど。どうしましょう”って事」

ぴくり、と三成の筆を持つ手が震えた。
「…如何いう事だ」
三成が佐助を睨む。
幸村という名を出しただけで異常に反応する三成の真意を佐助は知っている。だから佐助は敢えて幸村の名を出した。予想通りの反応に佐助はポーカーフェイスのまま、胸中で質の悪い笑みを浮かべた。
「…情報が少ない。それだけで判断できるはずもない」
「じゃあ戦場に出ないように掻っ攫いたい、って言ったら?」
三成の佐助につきつける視線が一層鋭くなった。
「それがお前の夢か」
「…だったらどうする?」
「誤魔化しはよせ。だから義の世を創ると誓い、戦場に立つ幸村の夢を潰すことになる、と?」
「流石は石田三成殿」
佐助も挑戦的な視線を隠そうともせずに三成を見た。
「くだらんな、所詮は空想の域を過ぎん」
「そーだね。」

静寂が降りた。

三成も佐助も何も言わない。二人の鋭い視線だけが静かな部屋で交差した。
「その性格、直そうとは思わんのか」
「石田の旦那も人の事言える?」
「答えは幸村が全て持っている。ただ…幸村の行く道を貴様の欲望で阻もうとするなら容赦はせん」
「仰るとおりで。…でもその言葉、そっくりそのまま石田の旦那にもお返しするよ」
佐助が言い終えた途端、その姿が消えた。

残ったのは黒い羽5枚。
三成は佐助の座っていた方を暫く睨んでいた。



***



「だーんーなっ!」
その声と共に“わっ”と幸村は驚いたように肩をすくめた。
「あ、ごめん。驚かせちゃった?」
「佐助か…。いきなりだったから驚いた」
「ごめんごめん。…武器の手入れ?」
幸村の手の中には彼が普段愛用している槍があった。もう片方の手には手ぬぐい。
縁側で何をしているのかと思えば、この暖かい陽気に幸村もあたりたくなったのだろう、幸村が自室以外で武器の手入れをしている所を佐助はあまり見た事がない。
「ああ…あまり放置しておくとキレが悪くなる」
幸村は少し困ったように笑ってから、手入れを再開した。佐助はその傍に座って幸村の手元をじっと眺めた。

「?佐助?見ていて面白いか?」
「うん。旦那と俺のじゃ全然形が違うから、ゆっくり見てると勉強になるよ。色々と」
「色々?」
「ほら、敵が槍使いだったら、とか」
「私以外に槍使いはあまり見た事がないが…」
「いーの。俺が見てたいだけ」
「?そうか?」
幸村の手の中で、彼の武器は輝きを増していく。敵を斬り、戦場に立つ時必要不可欠なその槍は輝きを増す。人を斬る為の、その鮮やかな装飾がますます輝きを増す。
戦場でその武器はよく映えるだろう、と佐助はぼんやり思った。

「…旦那って」
「ん?」
「夢ってある?」
「それはもちろん」
「“義の世をつくる”?」
「分かっているではないか」
幸村は少し笑った。佐助は少し苦い気持ちを押し殺して、幸村と同じように笑った。
「もちろん。真田忍隊の長ですから」

佐助は空を見た。今日も晴れだ。遠くで鷹が鳴き声を響かせながら空を飛んでいる。
平和だ。戦国が嘘かのように。

「佐助は?」
「え?」
「佐助の夢、はあるのか?」
ぼーっと空を見ていたせいで、反応が遅れた佐助に幸村は問うた。既に武器の手入れは終わっているようだった。
「ま、一応は、ね」
「聞かせてくれないか」
「え、」
佐助は一瞬戸惑った。

言っていいものか、いけないものか。
“義の世なんてあの二人に任せて、戦場に立たないでください。命を削る場所にはもう立たないでください”と言ったらなんと言われるだろうか。
真田の忍としての地位を失うだろうか。幸村の隣にいられなくなるだろうか。そうぼんやり考えながら、佐助は幸村を見た。


幸村はゆるやかに笑っていた。


死んで欲しくない。佐助はその笑顔にただ、そう思った。
これほど穏やかで優しい人間は戦場で死ぬべきではない。誰かに斬られるべきではない。あんな咽るほど血の匂いと異臭と怒号が飛び交う地に伏せるべきではない。
言葉は自然に出ていた。魅入られたかのように。

「俺の夢は…旦那、が、戦場に立たなくなる事」

気付いた時には口走っていた。
―――しまった!
完全に無意識だった。無意識が故に本音を暴露してしまった。忍びとして何たる事だ。己の大失態に佐助は硬直した。
しかし幸村の反応は、佐助が予想していたものとは全く違った。
「…何だ、それが佐助の夢か?」
「へ?」
あっけにとられて佐助は幸村を見る。
「私も何年か経てば、引退すべき年が来る。まだもう少し先だろうが。時間はかかるが、佐助の夢は叶うな」
幸村は笑った。

ああ、そうか。佐助は悟った。
この人は最初から戦場で死ぬつもりは無いのだ。

「確かに無事に戦場から戻れる保障は無いが」
「それは大丈夫だよ。旦那」
「?」
「俺様がいるでしょ?絶対旦那は戦場で死なない」
死なせてたまるか。
佐助は思う。

この人の夢を叶えよう。
そして何時か、自分の夢も叶えてみせる。

ゆるやかな日差しの中、手入れが終わり、美しく輝く幸村の槍を見ながら、佐助は己の武器の手入れでもしようかと静かに思った。




utopia