あれ?こんな所で奇遇だねぇ。
カフェ位来るって?そりゃそうだ。昔でもあるまいし、そりゃ失礼。
席かい?ああ、もちろんどうぞ。寂しく一人でコーヒー飲んでるよりは美人がいると助かるよ。で、何を頼んだんだい?抹茶ラテか。コーヒーは性に合わない?期待を裏切らないというか何というか…悪い意味じゃない。そう睨まれると困るってもんだ。
それで今日はどうしたんだい?仕事帰りの休憩?こんな時間までご苦労だねぇ。占いは盛況かい?出雲って名前は有名だからねぇ。そう言えば部活の子も噂してたよ。

ん?幸村の様子かい?
…ちょっと色々あったみたいでね。少し前に天気がおかしい頃合いがあっただろう?GWの後くらいだったか。その時に少し思い出したようだ。
――そうだ。今は幸村って呼んでる。どう呼べばいいか考えあぐねていたんだが、少し前に薙刀で手合わせしてね。やっぱり強かった。流石、日の本一と呼ばれるだけある。腕は衰えてなかった。あれは時間を経て成熟してるとでも言うのかねぇ。今の俺じゃあ歯が立たなかったよ。
その時に幸村自身が名乗ったんだ。“真田幸村”ってね。だから、事情を知ってる人間の前だけではそう呼ぶことにしてる。

幸村はもう大丈夫かって?もう大丈夫だと言いたい所だが、正直に言えばまだ危うい感じはしている。
だが、隣にあの男がいたよ。ああ、三成だ。俺が見る限り何も変わらなかったねぇ。会ったことあるかい?3月に?そうかい。
次に会ったとき、幸村も調子を戻していたようだから。それで救われたんだろう。子細は知らないが。

はは、少し見る限りは、今も昔も変わらないねぇ、あの光景は。

―――懐かしかったよ。




「慶次はん、それで”あの方”とはお会いになりはりましたか?」
「……」
その言葉に慶次はコーヒーのカップを持つ手を止めた。黒く揺れるカップの中身をのぞき込みながら、慶次は少しだけ笑った。それはいつも不敵な笑みを浮かべている彼らしくない、笑みだった。
「――会った」
「そうですか」
慶次の向かいに座る阿国は小さく手の中の抹茶ラテを口に含んで静かに頷いた。
深夜に差し掛かったコーヒーチェーンの店内には、慶次と阿国以外客はいない。店内に流れるのは緩やかな外国の歌手が歌いあげる静かなバラードの音と、店員の立てる僅かな音だけだ。
「こういうのを、何て言うのかねぇ」

あの雨の日。
幸村と三成が去った後、慶次の目の前に残されたのは兼続だけだった。この大学にいると知ってはいたし、奇妙な縁あって、再び幸村と三成と友になった事も聞き及んでいた。
覚悟はしていたつもりだった。広いキャンパスではあったが、いつか目にする事もあるだろうと。
――が、実際に目にし、目の当たりにするとなると話は全く別だった。
その姿は、何も変わらない。何も変わっていなかった。顔立ちもその立ち姿も記憶の中のそれと完全に一致する。
ただ、時代だけが変わっていた。

動揺しなかったと言えば、慶次は自分に嘘をついていることになる。
しかし、胸にこみ上げる静かな歓喜を否定することも出来なかった。

『……』
『……』
慶次は言葉を一瞬忘れ、兼続は初めて見る顔への興味の視線を注ぐことに意識を取られ、二人は一瞬だけ見つめ会った。
400年の流転。二人の間に怒濤のように流れるのは、二人だけしか知らない、二人だけが掻い潜って来た戦いの記憶。そして、夢破れた時のどうしようもない、あの挫折感と絶望感。血反吐を吐くようなあの、記憶。
けれど幸村さえ知らない其の記憶を知るのはこの場では慶次だけだ。

『…あーっと、怪我は無いかい?』
『いや、何も。この通り何の問題も無い』
『それは良かった。面倒に巻き込んで悪かった』
部員達が転がったペンキの缶をを片づける姿を見やりながら、慶次は素直に謝罪の言葉を紡ぐ。
視線は少しずらしたままで。それはやはり慶次らしくない振る舞いだった。幸村がいれば、この慶次の姿に首を傾げていたかもしれない。
しかし兼続は知らない。
比較する過去の慶次を知らないが故に、そんな慶次を気にした様子もなく、真っ直ぐに慶次を見つめていた。
『不躾な事を聞くが。信繁とは知り合いか?』
『ああ、ちょっとした縁があって、な』
それ以上の言葉を見つけられずに、慶次は口を噤んだ。その代わりに視線だけを兼続にやれば、兼続は二人が歩いていった方向をぼんやりと見つめていた。

その瞳の色が、慶次の記憶の奥に残されているものと重なる。友人を憂うあの瞳は、確かに昔、彼は浮かべていた。
そう。其れは、関ヶ原の後、―――大阪の後。

『大丈夫だ。』
気がついたときには慶次はそう口走っていた。少し出すぎたか、と瞬時に思うものの、無意識について出た言葉を取り戻す事は出来ない。
『……そう、だな』

慶次の言葉に兼続は表情を和らげていた。
それもまた、過去の遠い記憶に重なって、僅かに慶次を翻弄した。

『三成がいるし、大丈夫だろう』
『アンタも居るだろう?』
『そうか、それは嬉しい言葉だ』
安心したように目を伏せた兼続は慶次に向き直る。慶次は兼続の瞳の中に自分の姿が映っているのを確かに見た。
『私は直江兼続だ』
『俺は前田慶次だ。戦国武将と同じ名、同じ漢字だ』
兼続の差し出した手を取って、固く握手を交わせば、2人の体温が交差する。
『奇遇だな!私も――』
知っている。ずっと前から。慶次はそう告げる代わりに、兼続を真っ直ぐ見つめた。
知っているのだ。ずっと前から。怒濤の時代に生きたことも、時代に翻弄されながら自分の意志を貫き、他者のために苦悩し、そして笑っていた姿を――。


「あんな思いを幸村もしているんだな」
コーヒーから視線を外して、慶次がぼんやりと外を眺めながら呟く。幹線道路に面した店から眺める夜の風景の中に浮かんでいるのは、車の明かりや店の明かり。それらの人工灯に照らされる、人の姿。
当たり前といえば当たり前の光景。今はそれが小さな違和感を慶次に残す。
「あの感じを何て表現すればいいのか、困るんだが、」
「それは“せつない”ですやろか?」
鈴のように奏でられる言葉に慶次は静かに頷いた。
「ああ、そうだな。きっとそうだ――」

忘れていることに何の罪もない。一片の過失さえない。それは慶次が一番知っている。
けれど、この胸に甘く、哀しく、切なく残るものは言葉では言い表せる類のものではない。

知るが故の甘い棘。
それは慶次が記憶の扉を開けている限り、兼続の姿を見る度に、決して抜けることはない棘だ。

「願うことも贅沢なのかねぇ」
慶次の静かな呟きはコーヒーの中に緩やかに溶ける。

答えは未だ、見いだせないまま。




深夜のコーヒーショップにて。