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○真の罪人○


わぁ、と一斉に歓声が本陣から上がった。
本陣から見えるのは敵本陣。そこに掲げられるは六文銭の御旗。
「流石は真田幸村!」
「あの不利な状況をたった一人で覆させるとは、なんと素晴らしき武将…!」
様々な感嘆の言葉が飛び交う本陣で小さく安堵のため息をついたのは総大将の三成だ。
鉄扇を開き、口元が他人に見えないようにそっと息を吐き出す。

「喜んでいいんじゃないですか、殿?」

三成が視線を声の主に向けると、そこには本陣近くで戦っていたらしい左近が愛刀を肩に掲げて立っていた。
「…左近か」
「軍師が戦わねばならないほど状況は切迫してたんですよ、ちょっとは浮いた顔の一つや二つしてもいいじゃないですか」
「…………」
「…不服そうですね。しかし戦況から言っても、あの時は、」
「分かっている」
静かに三成は呟くように言った。

確かに戦況は不利だった。敵の伏兵が守りの手薄な場所に潜ませてあったのだ。
まさか。
そんな言葉は戦が始まれば通用する事ではない。三成と左近は表情はいつもの涼さを残していたが、焦った。
その戦況の状況の変化にいち早く気づいたのは幸村だった。
“この戦は時間勝負と見受けられます。私は敵本陣に単騎突入を仕掛けます”それが本陣に戻ってきた伝令の幸村の言付けだった。
既に敵陣に1人で飛び込んで行ったであろう幸村を止める術を三成は持たず、背筋を冷たいものが通り抜けた。
『失うかもしれない』
あの時確かに三成を包み込んだ感情を、まだ忘れる事が出来ない。何故かまだ、体の奥底に巣食っている。

「………」
その時のことを思い出し、無意識に三成は鉄線を強く握り締める。

その時、本陣がわぁと歓声に包まれた。
「真田隊の帰還だ!」
一兵卒が叫ぶ。人だかりの中、歓声に少し戸惑ったような顔をしながら歩いてくる幸村が三成と左近の目に入った。幸村も同時に三成と左近に気がついた様で、その表情を和らげる。
「三成殿、左近殿、お怪我などございませんか?」
幸村は頬にうっすらとついた返り血を気にもせず、いつものように穏やかに笑った。
「もちろん、あるわけないでしょう……おい、他の人間は怪我人の処置と片づけを始めてくれ!」
周囲の人間の視線が幸村と三成に集中していた事に気付いた左近が周囲の人間を一喝する。すると周りの人間は思い出したように一斉に動き出し、元の喧騒が周囲を包んだ。


「幸村…は怪我は無いか」
「ええ、この通りです」
幸村は笑って小さく手を広げた。多少砂埃が目に付くものの、何処にも怪我は見当たらない。それをゆっくり確認した後で、三成は深く息を吐いた。
「助かった、幸村。向こうの出方を完全に読みきれていなかった。そうでなければ幸村が本陣に単騎突入などする必要は…」
「いえ、戦がひとたび始まれば、展開など流動的です。三成殿が気に病む必要はありません」
それでも穏やかに笑う幸村に三成は居た堪れなくなって手を伸ばす。
しかし幸村が、驚いたようにすっと身を引いた。
「………幸村?」
「あ、すみません。赤の甲冑で見えづらいとは思うのですがかなりの返り血が…。三成殿の手が汚れてしまいます」
「………」
「三成殿?」
「いや、何でもない」

三成は小さく唇を噛んだ。
何よりも守りたい人間を一番危険な場所に送る自分。一番安全な場所でのうのうと戦況を見守り、人を動かす指示を出す総大将。

(本当に汚れているのは、)
三成は許しを請うように目を閉じた。




END