・時系列はS1の最初のほうです









――これってツッコんでいいのかな。黙ってる方がいいのかな。


とサムは自分自身に問いかけてみた。しかし当然の事ながらそんなサムに答えなど返ってくるはずもなく、事態は進展しないまま、ただ疑問だけが残る。
サムはチェックしていた次の狩りの資料を見ていたはずが、いつの間にかインパラのハンドルを握って上機嫌で歌を歌っている兄の姿に視線を移してしまって、兄をまじまじと見つめるというよりは観察のニュアンスを含めた視線を投げかけてしまっている事に気がついていない。そんなサムの視線に気がついたディーンがちらりと視線を寄越したことで、サムはその時やっと自分が兄を見つめてしまっていた事に気が付いた。
何となく気まずくなって、前見て運転しろ、と言いかけたサムの言葉はディーンの機嫌の良い問いかけによって、行き場をなくしてしまった。
「何だ、じっと見て。視線が熱烈だぞ。男前さに恐れ入ったか?」
「それはないから安心して」

バッサリと兄の言葉を切り捨てたサムの視線の先には兄、…の首元。
もっと限定すれば首元のアミュレットがある。

記憶違いでなければあのアミュレットは自分がディーンにプレゼントしたものではなかったか。否、記憶違いという言葉を使ってみせたが、記憶違いでも何でもない。間違いない、プレゼントした。
いや、でも…とそこでサムは再度首を捻った。
あのアミュレットをプレゼントしたのは、――そうクリスマスだった。二人きりのクリスマス。遠くで少し胸を締め付けるような懐旧の記憶。
だが、そのクリスマスとやらは、自分が8、9歳の頃ではなかったか。そうだ、間違いない。考えるまでもなく、もう軽く10年は経っている。それが今、兄の首にある。幻覚でも気のせいでもなく、物質として存在している。10年以上経っているというのに、あの時と変わりなく。ちらりと見る限り壊れてもないし、欠けても居ない。

プレゼントした時の事はサム自身、よく覚えている。あの後、兄は大事に大事につけていてくれたのが、少しくすぐったくて気恥ずかしかった。けれど何も言わずにつけていてくれるだけで、アミュレットが大事にしてもらえているのだと分かって、幼いながらにとても嬉しかった事を覚えている。
ただその後のサムは何も知らないままの子供でいることは出来なかった。そして親の言うことをそのまま享受して従える息子でもなかった。
普通を捨ててサムにもそれを望む家族に反発して、大学に行って、音信不通だった数年間。家を出る前の反抗し続けた数年間も含めれば、サムが生き方を模索していた期間は短くはない。ハイスクールにもなれば兄と顔を合わせることも厭うことさえあった。
そんな何年間はサムはアミュレットの事などさっぱり忘れていたし、それより何より家族とは決別したと思っていた。同じようにサムの行動に憤りを隠そうとしないディーンもサムとの決別を思っていただろうと、サムは解釈していた。だからもうアミュレットなど、記憶の隅にも残っていなかった。

けれど再会した夜、そして今、ディーンの首にあのアミュレットは毎日変わらず存在している。

「…ディーン」
「何だ」
「その、…やっぱりいいや」
「何だよ。言えよ」
「くだらないことだから」
そして今、再び狩りをするようになってディーンと共に行動し、サムはだんだん気になってきた。猛烈に気になってきた。ディーンがあまりにも普通にしているのだから、サムも気にせず放っておけばいいのだが、毎日顔を付き合わせている相手の首にあるのだから尚更気になる。
そしてサムは疑問を放置しておける類の人間ではなかった。


――あのさ、ディーン。そのアミュレット、まだ持ってるの?


その一言がどうしても聞けない。
違う。まだ持ってるの?という聞き方は何かおかしい。サムは思考の中で議論を戦わせる。その言い方は持っている事をまるで少し非難しているようだ。そういう意味合いの事をサムは言いたいわけではない。正確には、…そうだ。

まだ持っててくれてたの?、だ。

――いや、これはこれで何だか恥ずかしい。まるでサムが嬉しがっているようではないか。いや、嬉しくない、ということもないわけではないが。
聞いてみたい。しかし、少しどころか猛烈に気恥ずかしい。ディーンがどう捉えようがサムが疑問に思っているのなら聞けばいいのは頭の中では存分に理解している。10年、下手すれば15年も持っていてくれたのかと。それは率直に嬉しいはずなのに、気恥ずかしさだとか今までの二人の経緯だとか、そういう諸々の事が邪魔をする。何だか見てはいけない物を見ているような気がしてならないのは何故なのか。

そんな微妙すぎる感情の間でサムは落ち着きをなくしながらも結局の所、疑問を口に出せずにいる。



***



子供の頃から持っているもので何がある?と聞かれてもサムにはそういうものはない。
恐らく同世代の人間に聞いても同じ答えが返ってくるのではないかと思う。もしかしたら普通に育てば、家に昔のおもちゃ箱が残っていて――、なんてこともあるかもしれないが、それでも思い出の品であってサムの定義したい”持っているもの”ではない。そして物は物である以上、必ず壊れる。永久に存在するものはそもそもないのだ。

10年越しで壊れずに存在しているアミュレット。
それはサムにとって気恥ずかしさと不思議さの象徴になりつつある。

そんな事を考えながらもサムの資料をめくる手は淀みがない。
だんだん慣れてきた――というより昔の感覚を思い出してきた、という事に近いのかもしれない。加えて兄と二人っきりの狩りは誰からも高圧的に指図されない分やり易い。これは兄と二人っきりで狩りをこなすうちに気がついた事だ。
サムが脳裏に描いている“高圧的に指図する”人物がそれを聞けば、派手な喧嘩に発展する事は目に見えているが。

薄暗いバーで度数の低いビールを飲みながらの資料整理は案外はかどる。
耳障りにならない程度の喧噪の中で資料を分析して、狩りの本質を探る。サムはそれが嫌いではない。ついでにバーならば兄の横槍が入らない。意味不明のからかいを受け流しながら作業をするよりも相当にはかどる。
何故なら、兄はナンパに夢中だからだ。
息抜きなのか、何処まで本気なのか、バーにくると兄は大抵ナンパを始める。あの顔ならば正攻法でいけば成功する確率は高まるだろうに、どういう方法で女を落としにかかっているのか知らないが、成功率は案外低い。恐らく互いにゲームだと割り切れる様な後腐れない相手を探しているが故に成功率が低いのではないかとサムは思っているが、あくまでサムの推測であって確証は無い。

凝った肩を適度にほぐしながら兄の姿を探してみれば、カウンターで目当ての女を口説こうとしている姿を見つけた。あれが兄の気分転換になると言うのだからサムの理解の範疇を越えている。息抜きをするなら一人で読書でもしている方がよほど気楽だ。…それを言えば、ディーンにからかわれるのは目に見えているから絶対に言わないが。

腕時計を確認すればそこそこの時間になっていた。そろそろモーテルを探したい。兄を呼びたいが、カウンターまでは微妙に距離があって声を掛けるには難しく、近くまで歩いていかなければならないという微妙さにサムは僅かに眉根を寄せた。
兄と口説き相手の間に入っていくのは酷く面倒だ。サムは視線でディーンが気がつかないかと念を送ってみたが、案の定全く気がつかない。普通に考えて、気がつくはずが無い。
「…何やってるんだ」
サムは自分が急に恥ずかしく思えて、これ以上生産性のない行動を止めた。
内心でナンパに呆けている兄を罵倒しながら、サムが資料をまとめて重い腰をあげようとした所だった。

「悪いけど、――触るな」

固い声。固いというよりは怒気をはらんでいてその声にサムは顔を上げた。怒っている。この声は兄が怒っている時に発する声色だ。
狩りでもない時にこんな兄の声は珍しい。しかしカウンターでは会話の全部を聞くことは出来ない。何事かとサムが資料を全部手に持って再び顔を上げた瞬間、目の前に兄がいてサムは思わず面食らった。
「ディーン?」
「帰るぞ」
「は?ちょ、何?」
サムの疑問は、さっきとは打って変わって不機嫌そうなディーンによって黙殺される。結局、サムはカウンターで不服そうにこちらを睨みつけている女の視線を背中に受け止めながらバーを後にする羽目になった。



インパラに戻った途端、ディーンの機嫌は目に見えて下降した。二人きりの空間では先の喧噪やら他人の気配に溢れている場所より、遙かに相手の事がよく分かるものだ。
結局何も分からないサムはディーンの顔を覗き込むが、その表情は憤慨だけを告げるばかりで、何も読み取れない。
「で、何があったの?」
「あの女…!」
随分憤慨した様子のディーンは、サムの言葉も右から左へ抜けていっているようで上手く鼓膜に引っかかっていない。サムの疑問も置き去りのままだ。
「だから何があったの?」
呆れ調子で問いかけたサムの言葉は、やっとディーンの鼓膜に届いたようで、ディーンの双眼がサムを捉えた。

「触りやがった!」
「…は?何を?」

怒鳴られるような勢いで告げられた言葉に、ナンパ相手は痴女だったのだろうか、とサムが一瞬考えたところで、ディーンは大きく息を吸い込んだ。
「止めろって言ってんのに、聞かずにベッタベタとこれを触りやがったんだよ…!」
ディーンが指指した先。それを確かにサムは見た。

――が、思わず聞き直していた。見えていたが、敢えて聞きなおした。

「…どれを?」
「これだ!」
「……まさか、そのアミュレット?」
「お前にはこれが他の何に見えるんだ!?」
「あー、うん。アミュレットにしか見えない」
サムの惚けたような、混乱したような、気恥ずかしいような微妙な感情を浮かべた表情をディーンは気にも止めずに、恨み言を一気に捲くし立てる。
「あの女、趣味の悪いマニキュアつけた手で勝手に触りやがって」
「はぁ…」
アミュレットを触ったくらいで一体何がディーンの憤怒の引き金を引いたのか。というか何に怒っているのかがよく分からない。サムにはディーンの感情の本質を見抜く事が出来ずに、思料の末に、結局は曖昧な返事を口にすることしか出来ない。

「…ディーン、」
「何だ」
「何でそんなに怒ってるの?壊されてもなく、ただ触られただけだろ?」
そのサムの言葉に”何を言っているんだお前”と言う表情をまざまざとディーンが浮かべる。別にハズした事を言った訳でもないはずなのに、逆に責められている様な気がするのはサムの気のせいではない。…確実に。
「壊されてからじゃ手遅れだからに決まってるし、俺のだぞ!勝手に触れてたまるか!」
ヒートアップした兄の声がびりびりと車内に響いて、サムはその音量に顔を顰める。
ディーンってそんなに物欲強い方だったっけ?とサムは今までの記憶を洗うが、そんな記憶はない。むしろ物欲も独占欲もディーンには余り似合わない言葉に思えて仕方がない。

だからサムは聞いてみた。何も考えずにただ疑問をさらりと口に出してみた。それが地雷だと気がつかずに。

「何でそのアミュレットにだけ?他の物じゃそんなに怒ったりしてないだろ?」
”何言ってんだお前”という顔を向けられるのは2回目。だがディーンの顔には、何今更な事を聞いてんだ?という無言の問いかけも浮かんでいる。

「これが大事だからに決まってんだろ。宝物だぞ?」

――そう来たか。
今が夜で良かった、ついでにディーンが怒っていて自分の事をあまり気にかけてくれてなくて良かった、と心底サムは思った。

ぼん、と音がしそうなほど一気に赤くなった自分の顔をディーンに見られずに済んだのだから。







戸惑いプレリュード!