結局。 サムに”僕たちが退治するまで夜は閉架書庫に誰も入らないようにしておかないと”の一言で、忙しいサムの代わりにディーンはその策を講じることにした。策は至って単純だ。必要なのは適当な裏紙とペン一本。書く言葉は『蔵書整理中入るな』という一言だ。そして念のために鍵にこっそり細工しておけば、サムの危惧が現実になることはないだろう。 そうしてディーンはその作業だけを終え、加えて役所が閉まる時間までにめでたく死亡証明を手に入れた。そして夜には手持ち無沙汰になった彼は時間を潰すために友人達が毎日たむろっている馴染みのバーへ向かうことに決めたのだった。 「今日のディーンはあんまり飲まないのね」 ディーンを含め、この大学の学生達が愛用しているバーは今日も今日で賑わっている。誰に約束をとりつけるでもなくディーンがバーに行けば何人かの顔なじみがディーンに声をかけた。 ディーンは適当に挨拶をすませた後、カウンターで安いビールを頼んで、何とはなしにバーの中を見回す。何故か今日ばかりは会話に入っていくのも面倒な気がしていたからだ。 だがディーンが周囲に興味を示さずとも、周囲はディーンに興味を示すものだ。脳内を占める友人への思考を中断するかのように、顔なじみの女――あくまで友人だ――がカクテルグラス片手に話しかけてきた。 「そうかな。」 笑顔を従えてディーンは答えて見せたが、実際飲んでいない。狩りを前にしてアルコール摂取は控えておかなければならないのは狩りにおいては定石だったからだ。 「そうよ、珍しい」 「君がそう言うなら珍しいんだろうな」 適当に誤魔化しながらディーンの思考はバイトに励んでいるであろうサムに飛ぶ。今、この瞬間にもバーにたむろっているこの学生達とは違って、あの男ほど真面目な人生を送っている男はいないだろう。昔のディーンなら、いや24時間前のディーンなら鼻で笑っていたような生き方だ。しかしあれから24時間経って、ディーンには笑う気持ちも憐れむ気持ちも何も無かった。ただ、サムという男を尊敬するばかりだ。 ディーンには生活費を稼ぐ必要は無い。両親は癖のあるハンターだが、それなりに仕送りもしてくれる――他の学生と比較すれば普通。朝からクソ真面目に講義を詰め込む必要も、あるといえばあるだろうが、適当に手を抜く事も可能だ――他の学生と比較してもまぁ普通だ。あれほどレポートを抱え込む必要も無い。それなりにこなせれば単位は取れる――他の学生と比較しても矢張りそれなりに普通だ。 けれどそれはサムと言う男にとっては普通ではない。 そこまで考えて、ディーンは中身の殆ど減っていないピールの瓶を置いた。思いがけなく大きく響いたゴトリ、という音に女はディーンを見つめて不思議そうな顔をする。 「どうしたの?」 「悪い。帰る」 「え、来たばかりでしょ?」 「ヤボ用思い出した」 どういうヤボ用かは告げずにディーンは脱いだばかりのジャケットを手にとった。今まで時間を潰すのに恰好だったディーンのお気に入りのバーは、今や急速にその色を失って行く事を、他でもなくディーン自身が自覚しながら。 *** 夜でも薄い街灯の明りさえあれば、背の高い男が近づいてくるのは夜目でも良く分かった。ディーンは目的の人物に向かって片手を上げて存在を主張すれば、歩いてきた男――サムだ――もディーンに気が付いたのか、歩みが小走りに変わった。 「ディーン?」 「……ああ」 「ごめん、遅かった?」 もしかして連絡入れてくれてたり?ごめん携帯充電切れてて、とサムが慌ててポケットを探り始めたので、ディーンはそれを片手で制した。 「そういうわけじゃない」 勝手に来てみた暇だったし、とディーンが自分への言い訳のように言い聞かせながら早口で捲くし立てると、サムは気にした様子も無く少し笑った。 「家、よく分かったね」 ディーンの広い情報網を既に理解していたサムは突然現れたディーンにさして驚いた様子も無く、狭いけど、と言ってディーンを部屋に招きいれた。 「広いな」 サムの部屋は学生達が利用している家賃の安い寮の1室だった。空室の目立つ寮の建屋の中でわざわざ1階の部屋を借りているのは、いざと言う時に対処し易いハンターとしての習性だろうとディーンは思った。 部屋に招かれたディーンが思わずじろじろと部屋を見回すと、そこは驚くほど質素だった。否、質素というには語弊がある。自炊しているだけあって生活感もあったし、デスクの上には法学の本がうず高く積まれている。だが、それだけなのだ。それ以上の何か、がこの部屋には無い。 「シェア相手を捜してるんだけど、なかなか見つからなくて」 それは恐らく真実であり嘘だろうとディーンは思う。 傍目からは何も分からなくとも、ハンターに道具はつきものだ。きっとこの部屋の何処かに狩りに必要な様々な道具や資料が隠してあるのだろう。いくら万全を期していても避け様の無い綻びは必ず出てくるものだ。もしもルームシェアをしていて、そんな道具達を見られてしまえば、申し開きは難しい。慎重なサムと言う男の事だ、きっとシェアする方が生活費の上で役に立つ事は分かっていても、踏ん切りがつかないのだろうとディーンは思う。 「そうか。昼間は悪かったな」 「いいよ。隠すような事でもないし」 サムは本当に気にしていないようだった。小さく笑ってから、ディーンにミネラルウォーターが入ったベットボトルを差し出す。 「その技術はどうやって?」 「親がハンターだった。父親の方だけどね。狩りで死んだけど。母親は僕が子供の頃に。もう顔も覚えてない。ディーンは?」 「両親がハンター。妹はハイスクールでハンターになりたいって言ってるけど、母さんが大反対で実家に帰れば大体喧嘩してるな。どっちも気が強くて参った」 サムの境遇を考えると、それなりに平和な自分の家庭の事を話していいものかディーンは一瞬迷った。だが、ディーンの話を聞いて楽しそうに笑った姿を見てディーンは話してよかったと思う。むしろそう言う話が好きなのかも知れないと思わせるような瞳の色がそこにあった。 ディーンはミネラルウォーターを口に含み、サムの部屋をもう一度見回す。レポートの途中なのだろうか、文献にいくつもの栞が挟まれている。狩りが終われば、またレポートに追われるのだろうという事は何となく想像がついた。 「レポートにバイト?それで自炊もか」 「奨学生だから成績は落とせないし。生活費は自分で稼がないといけないから、結局はどれも疎かに出来なくって」 そうか、とだけ答えて、ディーンはそれ以上を言うのを止めた。その代わりにディーンはジャケットから紙を一枚取り出して、サムに渡す。 「死亡証明だ」 「ああ、ごめん。ありがとう」 本を寄贈した男の死亡証明にサムはざっと眼を通す。だが直ぐにその眉が僅かに顰められた。 「…病死?」 「おかしいだろ?非業の死でもないのに霊なってるのも考え難い。だから血縁関係者の死亡証明も取ってきた。これだ」 ディーンが寄贈者の血縁者に当たる何人かの死亡証明を差し出すとサムはそれらにざっと目を通した後、その中の一つに目を留めた。 「…一人、殺されている」 「怪しいだろ?とりあえずその死体は火葬されてたってとこまでは調べはついた」 まだ調べがいるかもしれないな、とディーンが呟いたのとは対照的に、その死亡証明を見ていたサムは、そういえば、と不意に呟いた。 「何だ?」 そのディーンの問いには答えず、サムは素早くPCを立ち上げると今日の午後にディーンに見せた閉架書庫に蔵書されている書籍のファイルを再び開いた。 「この小説、なんだけど。確か内容が猟奇殺人を題材にした古典文学だったと思う。かなりマイナーだけど。で、この作品の中で犯人が使う凶器が斧で、」 そう続けてサムはインターネットのブラウザを立ち上げ、殺された人間の名前で検索をかける。と新聞記事が1件ヒットし、ディーンが興味深げにディスプレイを覗き込む中、サムはその記事をクリックした。 「やっぱり!この名前何処かで聞いたことあると思ったら、斧を持った通り魔に殺された被害者だ。確か当時マスコミにもかなり騒がれた。だから斧だったんだ。斧で殺されて非業の死を遂げた被害者が霊になって、同じように斧の殺人を扱った本に取り憑いて…」 とまで言いかけて、サムは視線を隣に移した。よく話す類の人間であるディーンが何も話していないことに気が付いたからだ。ディーンは何も言わずに、ただサムを真っ直ぐ凝視している。 「え、何?」 「いや、お前。歩く百科事典だったんだな、サム」 「……褒められている気がしないんだけど」 そして次の日、閉架書庫から一冊本が消え、それと同時に幽霊の噂もぱったりと消えた。 狩りが終わってもサムの生活はさして変わりはしない。弁護士を目指しているサムには受けなければいけない講義も多かったし、相変わらずレポートも多い。バイトの量も減る事は無い。 サムは相変わらず、講義の空き時間にキャンパスの外れのお気に入りの場所で本を読んでいた。だが、それは不意に響いた携帯電話の着信音で中断される。最近知り合った友人からの電話かと思いながら、サムはフラップを開けるが、それはサムが脳内に描いていた人物ではなかった。 「あ、はい。バイトのシフト変更?今日ですか?」 バイト先のマネージャーからのシフト変更の電話に慌てて脳内のスケジュールを引っ張ってきたサムは不意に後ろから近づいてくる気配に気が付かなかった。 「はい、はい。ちょっと待ってください」 シフト変更の時間をメモしようとサムが携帯電話を握りなおそうとした瞬間、耳に当てていた携帯電話の感触が――消えた。 何事かと目を剥くサムの前にいたのはディーンで、その手の中には確かにサムの携帯電話が握られている。そして電話を返せ、とサムが言いかけるのとほぼ同時に、ディーンが携帯電話の電源ボタンを、切った。 それにいよいよ驚いたのは一瞬で、サムは次の瞬間、ディーンに向かって非難の声を開けていた。 「ディーン!何するんだ!バイトクビになったらどうしてくれるんだ!」 「そん時はそん時だ。…それはさておき引っ越しの準備だ」 「はぁ?」 怒り心頭のサムに対して、ディーンは何時もの調子を全く崩さない。 「俺もシェア相手捜してたんだ。引っ越してこいよ。炊事の手間も半分だし、生活費もほぼ半分だ。時間もとれるし一石二鳥。俺相手だったら武器も隠す必要も無い」 「な、な、な」 一気に捲くし立てられた寝耳に水の言葉にサムが口をぱくぱくさせる。ディーンの言葉も行動も、サムの優秀な頭脳を持ってしても処理能力の限界を完全に超えていた。 「悪い話じゃないだろ?な?決まりだな」 「ちょ、ちょっと待って」 「サミー、遠慮するな」 「サミーって言うな!!」 結局。 ディーンの勢いと強引な話術に完全に流される恰好で、サムはこの経済学部の要領の良く顔もすこぶる良い男とルームシェアをする運びになる。 そしてディーンとサムはまだ知らない。ディーンのルームシェアの誘いをしたディーンにも、結局それを断らなかったサムにも、何か小さなものが芽生え始めていた事に。もしくはディーンは既に何かの予感に既に気が付いていたのかもしれない。しかしまだそれが“何か”まではまだ知らない。 そんなハンターでもあり友人でもある二人が共に過ごす時間が増えるに従って、新しい関係へと姿を変えていくことになるのだが、それはまた別の話。 そう、これは始まりの物語。全く共通点の無い二人が、ハンターであるという共通点をきっかけにして、大きくその後の人生を変化させる、きっかけの物語。 |
共通点のない二人の共通点とか
10万打フリーリクエスト:兄弟ではないDSパラレル
完全なDSにはちょっと足りない気が…す、すみません(土下座)
とっても楽しく書かせてもらいました…!リクをありがとうございました