この小話はディーン役アキレスが主演を演じた映画『ブラッディ・バレンタイン』
を見た兄弟の会話、という設定です。
この映画のネタバレが若干含まれて居ますのでご注意ください。
ちなみに。
『ブラッディ・バレンタイン』をご覧になって無くても問題ありません(笑)




夜半過ぎのモーテルの一室。
サムは静かにパソコンで次の狩りの資料集めをしながら、黙したまま被害者の分析を進めている兄の横顔を見て、あからさまにため息をついた。
「ディーン」
「……」
諌める様な弟の呼びかけを完全に無視。サムはノーパソを閉じて体をディーンのほうに向けた。
「いい加減機嫌直したら?」
「俺は不機嫌じゃない」
「じゃあ鏡で顔見てみたら?」
「……今更男前な顔を見たって仕方ないだろ。何時もと同じ。俺は超男前。」
自分で男前って何だよ、とサムは思ったが何も言わなかった。原因は分かっている。回りくどい言い方をした所でこの口達者な兄はするりと交わしてしまうだろう。
なら核心を突けばいい。
「ディーン、認めろよ」
「何を」

「昨日観た映画。」

「……」
ディーンが言葉に詰まる。ほら、図星だ。サムは内心でこっそり笑ってやった。
「ほら、だんまり」
「五月蝿いぞ」
「気に食わなかったんだろ?」
「まさか?すごく面白かった。最高。」
棒読みのような台詞にサムが笑う。
「嘘つき。映画観ながら“10年後の殺人犯のハリーは絶対に悪霊だ”って僕に耳打ちしただろ。…かなり得意げに」
「…してない」
「認めろよ。ついでに“塩かけて骨焼いたらこの映画は傑作だ”とか“塩まけよ”って言ってたじゃないか。正直うるさかった」
「俺がホップコーンを食べる音と聞き間違えたんだろ」
「…兄貴、すっごく期待して途中から全然ポップコーン食べてなかったじゃないか」
「余計な事ばっか覚えてやがる」
「…結局最後は主人公の精神疾患だったけど。僕はあの警官が怪しかったと思ってたけど外れてたのは惜しかったかな。でもラストの主人公のうっかり発言は軽率すぎるよ。昔の探偵ドラマみたいだった」
その言葉にディーンがおもむろに視線を動かした。その真っ直ぐな視線はサムへと通じている。
「…サム」
「な、何?」
やたら真剣な兄の声色にサムは少したじろいだ。
「サム、お前そういう目線であの映画見てたのか?」
「うん。途中からかなりサスペンス色濃くなってきてたし?サスペンスホラーかなって。…兄貴さ、シックス・センスとか見てなかったの?」

「お前はハンター失格だ」

いきなりの言葉にサムは盛大に顔をしかめた。
「何でだよ?ホラー映画ばっか見て、悪霊か人間の仕業か見抜けなかったんだから兄貴の方がハンター失格だろ?」
「お前本当に“物はいい様”のお手本だな」
「正論の間違いだろ」
「お前、本当に生意気」
「強情っぱりの兄貴の方が問題。」
どちらからともなく小さくため息をつく。流石兄弟、議論はこのまま平行線に間違いない、とサムが作業に戻ろうとした所で、あることを思い出した。

「ついでに。」

「…このあげ足取りめ。まだ何かヘ理屈でもあるのか」
「あの主人公、ディーンに瓜二つだったよな」
「何処も似てない!!」
ディーンがサムの言葉に一瞬だけあっけに取られて数秒、怒声に近い否定の声が聞こえて、サムは少し肩をすくめた。
「ディーン、声が大きい。顔だよ、顔。そっくり」
「似てない」
意固地になっているのがありありと分かる物言いにサムは苦笑した。よほど面白くないらしい。
「性格は向こうの方が思慮深かったみたいだけど」
「ただの優男だろ」

「そうだね」

静かに肯定したサムの言葉にディーンは驚いたようだった。
「…サム?」
「あの主人公は弱かった。確かに苦悩も多かっただろうけど。其れと比べると兄貴は強いよ」
スクリーンの中の主人公は悲劇を乗り越えられなかった。そうして壊れていく心を彼は修復させようとはせずに狂気に飲まれていった。抗い続けずに。
其れに対して己の兄は遥かに強い。
幼い頃の体験、非現実的な日常、抱える苦痛を他者には見せようともせずに、生きるべくして生きている。自分なんかより遥かに強い。迷いの無い行動。周りを引っ張る行動力。
いつか追いつけるのだろうか。
けれど永遠に追いつけなくてもいいような気がする。

“其の侭でいて欲しい”
――そう兄が望むなら。

「…サム、頭でも打ったか?」
サムの思っていることなど全く分かっていないのだろう、突飛な弟の言葉にディーンの表情には少し心配した様子まで滲み出ている。
「兄貴は素直って言葉を覚えろよ」
「俺はいつも自分に正直だ」
「兄貴はあんな風にはならない。絶対に。何があっても兄貴は乗り越えられるよ」
「おだてても何も出ないぞ」
「知ってるよ。僕が言いたかっただけ」
サムは少し笑った。
「また知ったような口きいて」
「前に言ったろ?“これからも知った風な口たたく”って」

「やっぱり頭打ったな、お前」
「かもね」
ディーンが少し笑ったのを見て、サムもまた少し笑った。



【サスペンス映画における、ある兄弟の会話】