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ハッピーバースデー。だから君に沢山の贈り物をあげよう。 ――変なものを触った。 ディーンの最初に抱いた言葉はこれだ。触ったというか、元々置き方が悪かったのだろう――棚から勝手に落ちそうになっていた所をディーンが思わずキャッチして元の場所にもっと安定するように置いてやった。こう言うのが正しい。そしてその触った“もの”が変だった、という事だ。何と言うか中東の妙な木彫りの像のような、何を表現したかったのか見ただけでは良く分からないもの。それをディーンは触った。 ただそれだけの話だ。 そしてこの話はこの感想で終わり、ディーン“変なものを触った”という感想と、その事実さえも時間が経てば忘却の彼方へ消え去っていくはずだった。だった、のだが。…が。 *** べとん。 そんな奇妙な擬音語が聞こえたような気がして、それも耳のすぐ傍で聞こえたような気がしてディーンは立ち止まった。気にせずいても良かったのだが、何となく嫌な予感がしてキョロキョロと視線を巡らせる。 「何、どうしたの?」 道の往来でいきなり立ち止まったディーンに、サムも同じように歩みを止めて不思議そうな表情を浮かべてディーンの様子を伺う。 ディーンはそんなサムの疑問に答えることはなく、手で全身を確かめるように触れながら異変の正体を探る。何かがおかしい。しかも嫌な予感がする。何故か嫌な予感だけは恐ろしく当たるディーンは、異変が起きたことを確信していた。 そして右肩に触れた瞬間、冷たく濡れた感覚にディーンは本能的な嫌な予感に思いっきり眉を顰めた。そのままサムの不思議そうな視線を受けながら、その手を目の前にやって、予想通りの展開にディーンは派手に顔を顰める。 「くそ、やられた」 「何。どうしたの…うわ。」 そしてサムもディーンの手のひらを見て、それを目にした途端、少し眉を顰めた。 ディーンの手には鳥のフン。 ディーンが聞いた音の正体は、空から降ってきたフンが見事にディーンの肩に着地した時のものだったらしい。 「何なんだ!革ジャンが悪くなるだろうが」 「空に叫んだって仕方ないだろ。早くインパラに戻って拭いた方がいいよ」 小さな町とはいえ、道の真ん中で空を見上げて叫んでいればそれなりに…否、かなり目立つ。気に入りの革ジャンの甚大なる被害に腹を立てるディーンの気持ちは一応サムにも理解出来るが、不審者扱いはゴメンだ。現に道を行く何人かがこっちを見ている。 そんなサムの言葉に不機嫌そうな表情を浮かべたディーンが、それでもしぶしぶと言った風にフンのついた手をひらひらと降りながら歩き出す。その時だった。また異変が起きたのは。 「早くインパラに戻るぞ――うぶっ」 「え、」 ディーンから聞こえてきた変な声にまたサムが振り返ると、何処からやってきたのか風が巻き上げた何処かのボロ雑巾が強風でもないのにディーンの顔面にヒットしているではないか。 「ディーン、大丈…」 「ぶへっ。」 「……」 そしてまた一枚。今度は真新しい新聞紙だ。 サムはぱちくりと瞳を瞬かせて、目の前でボロ雑巾と新聞紙を顔面に引っ付けたまま無言で突っ立ている兄の姿を見つめる。何処のコメディ映画なんだろう、とか最近のコメディ番組でもこんな光景見ないなぁ、と少しズレた事を考えながら、何と兄に言葉をかけていいのか分からずにただ兄がリアクションを起こすのをぼんやりと待つ。 時間にして数秒。サムが何か言おうとして口を開いて、結局閉じて、をした瞬間。べりっという音でも立てそうな勢いでディーンが荒々しい手つきで雑巾と新聞をはぎ取った。 「ちくしょう!何なんだ!」 ディーンの怒りももっともだ、とサムは思う。というか兄の言葉を借りるが、これって本当に何なんだろう。 「ディーン、ありえなさすぎて…逆にすごい」 「おい、フォローになってないぞ」 くそ、ともう一度呟いてディーンは雑巾と新聞紙をアスファルトの上に投げ捨てる。そんな兄の姿を見ながらサムはふと考え込む。兄は怒りに燃えていてそこまで考えていないだろうが、きっと冷静になればサムと同じ事を考えるはずだ。 「ディーン、さっきのトコで何か変な事しなかった?」 「するわけねぇだろ!」 革ジャンをしきりに気にしながら怒鳴る兄に、ああ全然冷静になってないし、とサムがこっそりため息をついた瞬間。 ペタン。 その音にディーンは革ジャンを気にするのをやめ、サムは考えるのをやめた。そして二人して顔を見合わせてから音のした方――ディーンの足元を見た。 「……」 「……」 そしてそれを二人して確認して、二人揃って黙り込んだ。 足元にあったのは20ドル札。 どうやら風に吹かれてきたらしいが、ディーンの靴にぴったりと貼り付いている。 「何なんだ、これ」 「さぁ…。でもこれは普通じゃないと思う。確実に」 「そうだ、な」 完全に毒気を抜かれたディーンと頭の中に?を飛ばしたサムがとりあえず20ドル札を凝視していると、また新しい音が聞こえて、二人はぎこちなくそちらの方に顔を向けた。 ごろんごろんごろん。 「……」 「……」 今度はウイスキーだ。ウイスキーの瓶が車道を車に轢かれる事なく器用にこちらに向かってくる。 「…ディーン。」 「…何だ」 「本当にさっきの所で何か触らなかった?ディーンあちこち歩いてただろ?」 「疑い深い奴だな!何もしてねぇ――、」 そこで不意にディーンが言葉に詰まった。 「…ディーン。触ったんだな」 「…あれは不可抗力だ」 「触ったんだな!!」 「触ったと言えば触ったんだろうよ!落ちそうになってたからとっさに掴んだよ!悪いか!」 開き直った兄に息をついたのは弟で、これ以上言い合いをしていてもただの不毛だと悟ったサムは静かにポケットから取り出した携帯電話でコールを始める。 つい先まで二人は、ディーン曰く“変なものコレクター”の所で話を聞いてきたばかりだった。厳密にはその人物もハンターで、主に呪いのかかったモノを収集して保管することを専門としている稀有なハンターだったのだが。 そしてディーンとサムは今度の狩りがどうやら呪いのかかったモノが相手らしいという事で、そのハンターに情報を求めに行ったのだった。 その家に保管してあったのは思わず二人が言葉に窮するほど大量の骨董物――呪いのかかったいわくつきのモノだ――が無造作に置かれていた。普通の家具の上に。しかも何時も彼が使っているという灰皿の隣にも無造作に置かれているという適当な保管っぷりで、初めて訪れた人間にはどれが呪いのかかったモノで、どれがそのハンターが日常に使っている生活用品なのか見分けが難しい、という有様だった。 だからこそサムはその家の中を適当に歩き始めたディーンに“モノに触るなよ”と釘を刺したのだったが、サムがそのハンターから話を聞いている間にうっかり触ってしまったらしい。 不可抗力とは言え、半分は自業自得ではないのか、そんな事を思ったがサムは黙って件のハンターに連絡を取る。 ディーンはそんなサムに小さな事でカッカし過ぎだろ、と小さく悪態を吐いて、横目でそんな弟を見遣りながら、しきりに革ジャンとまた何処かから変なものが降ってこないか注意を払っていたが、ほどなくしてサムの”ありがとう、助かったよ”という言葉と携帯の電源を切る仕草を感じ取って目線をそちらに遣る。 「ディーン、分かったよ」 「何だって?」 「それは“贈り物の呪い”」 「あ?何だそれ」 「簡単に言えば、次々と贈り物がひっついてくる日、かな」 ディーンはそのサムの言葉を受けて、足元に転がっている雑巾と新聞紙と20ドル札とウィスキーの瓶をまじまじと眺めてから、またサムを見る。 「何だそりゃ。こんなちゃちいモンが贈り物ってか?つーか半分はゴミだろコレ」 「欲しいとか欲しくないに関わらずね。呪いだから」 「で、このくだらん呪いを解くには?」 「聞いたら今日を乗り切るしかないって。死にはしないらしいよ」 「マジかよ」 くそ、と呟いて歩き出すディーンの背中に向かってサムがディーンを覗うように小さく問いかける。 「ところでディーン。今日何の日か覚えてる?」 「今日?何かあったか?」 案の定とでも言うべきディーンの心当たりもクソも無いという表情にサムは柔らかく苦笑した。 「やっぱり。この呪いはあの置物を触っただけでは効力を発しないんだ。贈り物の呪いだけあって、触った人物にとっての何かの記念日――贈り物に値する日じゃないと効果は無いんだ」 「クリスマスとかか?今日は奇跡の起きる聖夜じゃないぞ。そりゃ一ヶ月前だ」 「そんなの僕だって知ってるよ。本当に心当たり無い?」 「回りくどい奴だな。はっきり言え」 「今日、ディーンの誕生日」 サムの言葉を聞いて数秒後。あ、という声を小さく漏らしたディーンにサムは小さく笑う。 「やっぱり。忘れてた」 「うるせぇ。この年で自分の誕生日覚えてて、祝ってくれと言わんばかりの方が気色悪いだろ。ああ、くそ…だから贈り物の呪いか」 「誕生日なのに運がないね。日頃の行いが悪いから」 「サミー、…怒るぞ」 そう言ってむっつりとディーンがサムを睨んだ瞬間。それは天から降ってきた。垂直に。重力に従って。真っ直ぐに。 べしゃん。 勢いよく落下したそれは、見事にディーンの頭にヒットした。それはもう、ものの見事に。狙ってやっても出来ないのでは無いかという完璧さで。 それを脳天でキャッチしたディーンも、そしてすぐ隣でそれを見ていたサムも思わず動きを止めた。 「……マジ?」 サムが思わず呟いた独り言にも似た言葉にディーンは何ら返事をしなかった。ただ黙ってうつむいている。 そんなディーンの頭の上に着地したもの。それはケーキ。――正しくはケーキだった、もの。 サムが恐る恐る上を見上げると、二人の立っている直ぐ傍のアパートの3階の窓から女性が顔を出して“ごめんなさーい!手が滑っちゃって!大丈夫ですか!”と叫んでいる。 どうやったら窓際でケーキを滑らせて落とし、その上、器用に人の頭の上に落下させる事が出来るんだろうか、とサムはその確率を考えようとしてやめた。そもそもが呪いなのだ。呪いこそ、起こらない出来事が起こるもの。いやでも…、と考えを巡らせながらサムが再びディーンの方を見ると、頭の上にホールケーキを乗せたままの兄が生クリームをぼたぼたと落としながら今までに無いジト目でサムを見ていた。 「これはケーキの贈り物とでも言うつもりか?」 ディーンのまるで地を這っているようなその声。ディーンは心底怒りとも呆れともつかない微妙な感情で、今にもあのハンターの家に置いてあった、あの木彫りの像を破壊してやろうかと本気で考えた。そもそも咄嗟とはいえ、あんな趣味の悪い木彫りの像を触ったのが間違いだった。初めて会うハンターのために何で俺がそこまで気をつかってやらなきゃならなかったんだ、落ちようがどうしようが放っておくべきだったちくしょう――と脳内で言えるだけの悪態をつきながら、ディーンは手でケーキの残りを地面へ荒い手つきで落す。そして地面に落ちた生クリームの色がショッキングピンクでディーンは益々閉口した。ケーキに変な色つけてんじゃねぇ、とまで思って今の自分の姿を想像して、口元を引き攣らせた。ああ最悪じゃねぇか。 そしてディーンはやっと気がついた。静かすぎる事に。そう、真っ先に何か言うであろうサムが何も話していない。 不審に思ってディーンがサムを見ると、サムは俯いていた。何故俯くのかが分からないディーンが益々不審に思ってサムを覗き込む。 「おい、サム?」 「ぶっ」 サムは笑っていた。肩を震わせて、笑っていた。 「……サミー。」 「いや、ごめ…っ。ケーキの贈り物って…!って頭にケーキって…!」 とうとう堪えきれずにサムが吹き出す。そして吹き出した声は次第に声を伴う笑い声に変わる。相当我慢をしていたのか、サムは耳まで赤くし、目尻には涙が浮かんでいる。 「………」 めったにお目にかかれない弟の爆笑する姿を見れて、ディーンとて気分が悪いわけではない。 だが、どうせなら俺のこんな姿で爆笑させたくなかった、という言葉は未だ謝りながら爆笑を続けるサムの前では何ら意味が無かった。 *** 呪いの効果は抜群だった。敢えて言うなら殺されるような呪いでなかった事が良かったと言いたいくらいだった。 ディーンはやっと手に入れた平穏な時間を堪能するかのように自分に宛がわれたモーテルのベッドに体を預ける。今日ばかりは安モーテルのベッドも疲れを癒す安息の場所になるのだから、今日一日がどれだけハードだったかを思い、ディーンは嘆息した。 「モーテルまで帰ってくるのに半日かかるか?普通」 「普通はかからない」 あれからも相当に大変だった。モーテルに戻ろうとインパラに乗った二人は、ディーンの運転で出発した。敢えてのディーンの運転だ。最初、今日ばかりはサムが運転しようかと申し出たのだが、意固地になったディーンはそれを頑なに拒否した。それはもう、頑なに。 そして案の定、次から次へとインパラに――正確にはディーンに災難が訪れた。フロントガラスに雑誌はべったりと貼りつくわ(しかもエロ本だった)、何故かまきびしが道路に転がっていてタイヤはパンクするわで散々な展開にあれよあれよという間に陥り――車で一時間もあれば戻れるはずのモーテルに半日の時間を要したのだ。 「で、夕飯無事に食べ終わるのに2時間」 「……悪かったって」 そしてやっと夕食だ、と安全を期してサムがテイクアウトの夕飯を調達してきた――までは良かったのだが、何故かモーテルに戻ったサムは手を滑らし、ベーコンチーズバーガーをディーンの頭にぶつけた。しかも3度も。その時ばかりはディーンも怒り、サムは謝りながら、アパートからケーキを訳も無く落としたあの女性の気持ちが分かったという顛末だ。 そしてあれやこれやで時刻は23:30分。 モーテルのゴミ箱には3回分の夕食の空箱と、窓際には苦心して汚れを落としたディーンの革ジャンが無造作に置かれている。 「今年ほど印象深い誕生日はねぇな。めでたくも何でもねぇし」 「でも今日もあと少しで終わる」 「もうベッドの上から動かねーぞ。なら安全だ」 そう高らかに宣言して、ディーンはベッドの上に座り込む。後30分は微塵も此処から動く気はないならしい。 ぴと。 その瞬間。ディーンの背中に感じたのは暖かなぬくもり。それがサムの背中だと気がつくまでさして時間はかからなかった。 「…サム?」 「ひっついた。」 「……?」 サムの言葉の意味が分からず、ディーンが首を傾げると、沈黙に耐えられなかったのか、サムが照れ隠しのような声で小さく叫ぶ。それは確かに叫び声だったが、声はか細く音量は小さい。 「だから!誕生日だから!呪いで!!~~ッ、これ以上言わせる気か!?」 顔を真っ赤にしたサムの表情で、やっとディーンにも得心がいった。否、分からなかったわけではない。ただサムがこういう行動に出るとは今までの経験から無いと思っていたから、驚きで反応が遅れたのだ。 なるほどこれが照れやすく、自分から誘うという事が出来ないサムの最大限の努力と照れ隠しをない交ぜにした、ディーンへの誕生日プレゼントだ。 顔を真っ赤にして、目まで潤ませているサムにディーンはどうしようもなくなって、口元を笑みの形に変えて、体を反転させる。そうすれば、弟は自分の腕の中だ。 「誕生日も悪くないな」 「…言ってろ」 行動と表情と言葉が裏腹な弟の唇を自分のそれで塞いで、静かに恋人同士の夜の扉をディーンは開ける。 誕生日、中々最高じゃないか、なんて事を思いながら。 ――ちなみに。 ごちん。 「ってぇな!!」 盛り上がりかけたちょうどその時にサムを組み敷いていたディーンの頭に、壁にかけてあった変な風景画の入った額縁が落ちてきた。ディーンの後頭部に盛大なダメージを与えた時刻は、23:59分の事だったとか。 |
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