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【!】暗いというよりも生理的に気持ち悪い!話かもしれません。
【!】嫌な話、というより、厭、という漢字がぴったりかもしれません。
【!】生理的に気持ち悪い…?気味が悪い…?吐き気をもよおす…?という
ワードに嫌な予感がされた方はウインドウをバチーンと閉じてください。
ある日のこと、ディーンの大事な大事な弟が死んでしまいました。 それは突然のことで、ディーンは悲しむことも忘れて、とても困ってしまいました。 サムはちっとも動きません。何も喋りません。ずっとずっと横たわったままです。ディーンはとても困って、途方に暮れてしまいました。 なぜならディーンにとってサムはとてもとても大切な存在だったからです。言葉では言い表せないほどに大事だったからです。出来ることなら鍵のついた箱の中に押し込めて、その鍵を海の深くて暗い場所に沈めてしまいたいくらい、大事にしたい弟だったからです。 ディーンの目の前の弟は一向に目を覚ましません。 ディーンが名前を呼んでみても、ゆすっても、頬をたたいても起きることはありません。ディーンの大好きな目はディーンの姿を映すことはなく、ディーンが大好きな唇はディーンを呼ぶことはなく、ディーンの大好きなサムの何もかもは少しも動かないのです。 ディーンは途方に暮れてしまいました。それどころか、サムは動くどころか、その体はみるみるうちにびっくりするほど冷たくなっていきます。そしてとっても固くなっていくのです。 ディーンはとても困ってしまって、どうしようかと考えました。 そこでディーンは味方の天使のことを思い出しました。大名案です。どうして今の今まで忘れていたのでしょう。ディーンはそんな自分がなんだかおかしくて、サムが戻ってくるのがうれしくて、一人で少し笑ってしまったほどです。さっそくディーンは天使を呼びました。天使はすぐにディーンのところにやってきました。 しかしサムはいっこうに起きあがりません。 不思議に思ったディーンが天使を見ると、彼はディーンにこう言いました。サムを生き返らせることはできない、と。 なんという事でしょう。今まで天使はディーンのピンチの時にはいつだって助けてくれたというのに、今回は助けてくれないと言うのです。怒ったディーンはその理由をたずねました。しかし天使はその理由を教えてくれません。ディーンが怒っても、大きな声をだしても、無理だと言うばかりなのです。 怒ったディーンは天使にたのむのをやめて、次に悪魔を呼び出すことにしました。 ディーンは悪魔のことが好きではありませんでした。いいえ、本当はとてもとても嫌いでした。悪魔なんていなければいいのに、と思うくらい大嫌いでした。 しかしサムは動かないのです。冷たい体はとっても固くなってしまっていて、顔の色は少し青くなっています。ディーンが迷っている間にもサムはどんどん冷たく、どんどん固くなっていってしまうのです。 悪魔でも弟を生き返らせてくれるのならば、ディーンはそれがなんだってよかったのです。そう考えている間にもサムの顔色はみるみる悪くなっていくのです。ディーンはとっても焦りました。ディーンに迷っている時間は少しもなかったのです。 ディーンはクロスロードに向かいました。悪魔と契約して弟をよみがえらせるためです。 悪魔と契約するためには何かを差し出す必要がありましたが、ディーンは何を差し出してもいいと考えていました。 サムの目に自分の姿をもう一度映すためならば、目玉を片方差し出すことも簡単です。サムの動かない腕を動かせるためなら、片方の腕を差し出すことも簡単です。サムのあたたかい体を取り戻すためなら、ディーンが少しつめたくなってしまったって全然構わないのです。 けれど悪魔は契約をしてくれませんでした。 驚いたのはディーンです。ディーンは言いました。もう一度じごくへ行ってもいい。何でも差し出してもいい、と。 しかし悪魔は取引をしてくれません。出来ないというのです。サムを生き返らせることは出来ないと言うのです。 怒ったディーンは悪魔を追い返しました。ディーンの呪文を読み上げる声を聞いて、悪魔は世にもおそろしい叫び声とともに地獄へ帰っていきました。 ディーンはすっかり困ってしまいました。 悪魔も天使もサムをよみがえらせられないと言うのです。このままではサムはディーンのところに帰ってきません。このままではディーンはサムの目を見ることも、触れることも、話すことも出来ません。 困り果てたディーンはたくさんたくさん本を読みました。サムをよみがえらせる方法を探して、たくさんの本を読みました。あやしい呪文や、たくさんの香草、ネコの骨や、犬の血、ろうそくや、魔方陣。そんな珍しいものを使う方法をさがしました。そんな本や知恵をたくさんもっていたディーンにとって、それらはむずかしいことではありませんでした。 サムをよみがえらせる方法は簡単にいくつか見つかりました。ディーンは見つけた方法をすべて手帳に丁寧に書き写して、材料を揃えました。 さっそくディーンはその方法を試しました。 けれど何ということでしょう!サムは目を覚まさなかったのです! 方法は完璧だったはずなのです。ディーンが読んだ本は、うそを書いてあるような本ではないのです。実際、昔その本でよみがえった人をディーンはサムと一緒に見ています。けれど何度やり直してもサムは目を覚ましません。いっこうに動きません。身体は冷たく、固いままで、やっぱり顔色は悪いのです。 ディーンはすっかり困ってしまいました。 サムはもうすっかりディーンの知っているサムの姿ではありません。 ディーンとサムの親代わりの男はサムを燃やすように言いましたが、ディーンは言うことを聞きませんでした。燃やしてしまったら、よみがえった時に体がなくなっていてはサムが困ってしまうとディーンは考えたのです。 少し前までは冷たくて固かっただけのサムの姿は、今はそのおもかげもありません。サムの顔色はいぜんは少し青いだけだったのに、今はふしぎな色になってしまって、ディーンは首をかしげました。体を残しておいても、これではよみがえったサムは困ってしまうでしょう。 ディーンは仕方なく、サムを燃やしました。 燃やしたあとのサムは大きな背から想像できないくらい、小さく小さくなっていました。ディーンはそれらの骨を大事に大事に集めて小さな箱に入れてカギをかけました。 サムはディーンの両手の中にすっぽりおさまって、ディーンはその箱をだきしめて何日も過ごしました。何日も何日もそうやって過ごしました。 けれどサムは動きません。ドアを見つめても、そこから弟が入ってくる事はありません。当たり前です。サムはディーンが抱えている小さな箱の中に入っているのですから。 ディーンはとってもとっても困ってしまいました。サムを取り戻すにはどうしたらいいのでしょう?何をすればいいのでしょう?何を差し出せばいいのでしょう? ディーンはサムの光に透かすときらきら光る目が大好きです。ディーンはサムが呼んでくれる声が世界のどんな音よりも大好きです。ディーンはさわると心まで温かくなるようなサムの体のやさしい温度が一番好きです。あのあったかさは他のものでは代わりになんてなりっこありません。 サムの頭のてっぺんから指の先までが愛おしくて仕方がありません。サムの体のいくつかのパーツは燃えてしまいましたが、少しも手放したくはありません。ちょっとも失くしたくはありません。 ディーンは少し考えたあと、鍵をポケットから取り出して、鍵穴にさしこみました。 中には白くなった弟の全てが入っています。 ディーンはその中のひとつのかけらを取り出して、口の中に放り込みました。 そして ごくり と飲み込んでしまったのです。 「――っていう夢を見たんだけど」 「どうしてお前、その話を…人がメシ食ってる時に言うんだ」 チーズバーガーを頬張ろうとしたままの姿勢のままで、表情だけ苦々しく顔を歪めたディーンはサムを恨めしげに見た。 朝のダイナーに人気はない。朝も早くからコーヒーをすすって新聞を眺めている初老の男が欠伸をかみ殺し、出勤前のスーツ姿の男が携帯電話を弄りながらトーストを齧っている。その他にいるのはディーンとサムくらいなもので、勤め人でもなければ、学生にも見えない兄弟は、端から見ればさぞかし不思議な二人組みに見えている事だろう。 サラダの皿をフォークでつついていたサムはそのディーンの言葉を受けて、明らかにしまった、という表情を浮かべてみせる。 そんな弟の表情に、弟が何も考えずにその話を切り出したのだと気がついたディーンは、益々表情を苦いものに変えて口をへの字に曲げた。勘弁してくれ、という無言のアピールだ。 「あー、何かディーンが物食べてるのを見たら…昨日見た夢を急に思い出して。ごめん、考えなしだった」 「…マジで覚えてろよ」 ディーンは顔をしかめたまま、手に持っていたハンバーガーを皿の上に投げるように置く。 サムの話でディーンの食欲は完全に失せてしまった。しかしサムはそんなディーンをさして気にするわけでもなく(こういう所にディーンは腹が立って仕方がない)、目の前のサラダの皿の中をつついている。サムの口の中に広がるレタスは鮮度が落ちているのか、みずみずしさに欠けていてサムは顔を顰めて、マズイ、と呟く。そんな能天気な反応をするサムを見てディーンはまた顔を顰める。 「…でも何であんな夢見たんだろう」 「知るか」 「あーほんとだ。よく考えたら気持ち悪いかも。なんかじわじわくる」 「お前、それを自覚なしにチーズバーガー食ってた俺に言った罪は重いぞ」 「だからごめんって」 「大体お前、自分が死んでて、挙句の果てに腐って、火葬されて食われてる夢なんて見るんだよ」 「そんなの分かるわけないだろ」 「逆ギレかよ」 「どこをどうみたらこれがキレてる事になるんだよ」 なんか食べる気なくしたかも、と呟いてフォークを置いたサムを横目にディーンはコーラを思いっきり吸い込んで、喉で強炭酸の猛攻を受け止める。喉がひりひりと炭酸に焼かれる妄想を馳せる。 「ほんと、絶対ありえないよね」 サムがそう言って苦笑する。少し笑ったまま皿の中のラディッシュをつつくサムの手の中のフォークを見ながら、ディーンは吐息だけで笑った後、気を取り直したようにチーズバーガーを頬張った。 ――サムの言葉に言葉で返事はしないまま。 けれど。 ディーンはチーズバーガーを口の中で咀嚼しながら考えます。口の中に広がるチーズの生臭い風味、舌の上に乗る肉汁の味を噛みしめながら思います。 ディーンは骨を食べたりなんてしないでしょう。固いカルシウムの固まりの味の中に意味など見いださないでしょう。 それはただの物質です。サムを構成していた大事な一部分ではありますが、もうそれはサムそのものではないのです。ただのカルシウムなのです。ディーンの好きな髪は燃えてなくなり、瞳は土に還り、声色を紡ぐ声帯はどこにも存在せず、柔らかい温度は灼熱の炎に飲み込まれて、サムとしての全体は何処にも存在しないのでしょう。 それはディーンの望む形かと問われれば、答えは否なのでしょう。そして確かに違うのだろう。 ならばディーンは天使も悪魔も魔術も手を貸さずに動かなくなったサムを目の前にして途方に暮れたとしても、サムを燃やすことは決してない。ディーンはチーズーバーガーの柔らかな歯ごたえを噛み締めながら思う。燃やしたりなど絶対にしない。 愛おしいその髪を撫で、静かに閉じたままの瞼に触れ、冷たい唇を辿り、硬直しつつある肩を抱き、ディーンはサムを抱きしめ続ける。 愛した全てのサムを構成するパーツが例え冷たくなっていったとしても、人間が当然に持つ柔らかさを欠いていったとしても、ディーンはサムを離さないだろう。その体を放しはしない。 冷たくなった体温は抱きしめる腕から分け与えていけば良い。柔らかさに欠けた体がどうだというのだろう。そんなものは然したる問題ではない。そこにサムが在るかという事だけが問題なのだ。燃やしてしまえば、ディーンが愛しているパーツが欠けてしまう。サムを構成しているあらゆる何もかもを自ら手放すなど愚の骨頂だ。 例えその体が自然の摂理に従い、形を留めなくなって行っても、散らばっていくパーツを掻き集めて、ディーンはサムを抱きしめ続ける。 そうやってディーンはサムを抱きしめ続けたまま、魂を助ける方法を探し続ける。 そして二人っきりの部屋の鍵をそっとかけて、大事なサムと自分ごと閉じ込めて、 その鍵を海深く、誰にも探されないような暗く冷たい海の底に、そっと沈めてしまうだろう。 |
君が死んでしまったので。