聞き込みの場合、大抵二人の役割は自然と分担される。 昼間の身分詐称による現場侵入や、これまた身分を詐称して公的機関で必要な情報を集める時、はては身分詐称をして関係者に聞き込みをする場合は対等な仕事分担を担うのだが、バーになるとその様相は少し変わってくる。 主な聞き込み担当はディーンだ。サムはその間、PCを使って調べものをしているか、集めた情報を分析している。 サムはバーの喧騒は嫌いではなかったが、そこに集まる人間と積極的な関わり合いを持つ事をあまり好まない。簡単に言えば性に合わないのだ。ただ何故かその喧騒の中に埋もれることは好きだった。人混みに紛れていると、自分がただの人であるという気分にさせてくれる。誰も自分を気にもとめない。こんな特殊な仕事をして真っ当な暮らしをし難い自分が、ただ人の中に埋もれているだけ。この場では大勢の中の一人。そんな空間をサムは好んでいた。 しかしディーンはバーをサムとはある種、非対称の意味で捉えている。一言で表すならば娯楽の場だ。好みの女性の電話番号を手に入れようとやたら粘る。ハスラーで小金を稼ぐ。・・・一応仕事もするが、ついでに、という空気を醸し出す事も少なくは無い。 そんな部分を差し引いても、ディーンの話術はこの場にふさわしい。おどけるような言葉使いと駆け引きの上手さ。その天性の技術は目的の情報を引き出すのに大いに役立つ。 たまにサムもバーで聞き込みをするが、そういう場合は大抵ディーンの苦手とするお堅い人物か、議論を好むインテリを武器にするエセ賢者だ。せっかく二人で居るのだから、お互いの得手を活用し、不得手は補うに限る。それが二人の定石であったし、未だにウィンチェスター兄弟が狩りで失敗をしていない大きな理由の一つでもある。 ということで今日のディーンは聞き込み。サムはバーの片隅で情報分析に勤しんでいた。 PCに情報を打ち込んでいると画面がぼんやり霞む。今日は1日調べ物ばかりで目を酷使していた上に、こんな薄暗いバーでPCと睨めっこをしていれば目が限界を訴えて当然だろう。サムは小さくため息をついて目の疲れを少しでも軽減しようと両目を片手で押さえる。しかし過去の経験と同様に、疲れはちっとも去ってはくれない。 こういう日は休むに限る。サムがちらりとディーンを見ると、ウエイトレスに思いっきりナンパをしかけている姿が目に入った。サムは小さく嘆息する。このままでは何時になったら目的の情報が手に入れられるか分かったもんじゃない。自分の目はどうなる。 しかしこれも兄の息抜きの一部だ。むやみに目くじらをたてるのも野暮だ。どうやら兄の目的は連絡先を手に入れる事らしい。アドレスを手に入れるのは過程で、目的はその先ではないのかとサムは今更ながらに疑問に思う。昔はそれなりに女遊びもしていたようだが、サムが狩りに同行すると間もなくその遊びはなりを潜め、最近では外泊する事もほぼ無くなった。その理由はサムの知るところではないが、アドレスを手にした本人がやたらと達成感に満ち溢れた顔をしてサムに収穫を見せびらかしてくる以外は無害だ。まぁこんな生活だ。ディーンが楽しいならそれでいいのだろうとサムは思っている。 「バーに来てるっていうのに随分真面目だね」 その声に少なからずサムは驚いた。どうやら思考の海にどっぷりと浸かってしまっていたらしく、声の主が近寄ってきていることに気がつかなかったらしい。 「ええ、まぁ」 サムは曖昧に返事をしながら、相手をさりげなく観察する。きっちりと着込んだスーツに物腰の柔らかい話口。歳は兄と同じくらいか。悪い人間ではなさそうだ。 「ああ、いきなりで失礼だったかな」 男は近くを歩いているウエイトレスに2、3言何かを告げると間もなくビールが届けられた。いきなりの事にサムが曖昧な表情を浮かべると男は苦笑した。 「場違いだろう?こんなスーツで」 「店は服装で客を選ばない。僕も場違いの部類に入るのかも」 そのサムの言葉に男は大層満足したようだった。男は少し笑って人間が無意識に張っている他人への境界線を少し緩めたようだった。男はビールを傾けながら少しずつ身の上を話し始める。 「学生の頃から通っててね。週に一回くらいのペースで来るんだ。仕事帰りだからこんな格好だけれどもね」 此処に通っているのか。ならば聞き込みをする価値はあるだろう。サムはPCを閉じた。 「此処には週一で?」 「まぁね」 「・・・この女性、知ってますか?」 差し出したのは写真のコピー。二人が調べている仕事で最初に犠牲者になった女性だ。彼女の事を知らなければ、今回の狩りの相手が見つからない。 「ああ、見たことあるな」 「探してるんです。最後に見たのは?」 「一週間前だから・・・先週の土曜くらいかな」 「その時の彼女の様子は?」 男はその問いには答えず、ビールを一飲してから手を小さく振った。 「何事もギブアンドテイクだ」 ああ、なんだ。この人間も見かけを裏切る欲の深い男か。それともアルコールが入っているからこうなっているのか。そんな事を考えた所で狩りに進展は無いのはサムとて十分に分かっている。 全く、という呟きを飲み込んでサムは表情を変えないまま、ジャケットの内ポケットに手を突っ込んだ。ドル紙幣を伸ばして男の前に置く。 「違うよ」 男はその紙に一瞥をくれただけで直ぐに否定の言葉を唇にのせた。 違う?その男の言葉にサムははっきりと顔をしかめた。金が足りない、という事だろうか。 「3時間程度、付き合って貰おうかな」 「は?」 サムが言葉の意味を理解出来ずに、その真意を確かめようとしたとき、不意に強く体を引かれて後ろにつんのめった。 「聞き込み、終わったぞ」 耳元で響くのはウエイトレスに熱を上げていたはずの男の声。 「え、あ、は?」 「行くぞ」 いきなりジャケットの襟を捕まれた。しかも引きずっていく兄の力が思いもかけず強く、サムに出来たのは慌てて机の上に広げたPCや資料をかき集めて腕に抱き込むくらいだった。 「ちょっ、待てって、ディーン!!」 なし崩しに外へ引っ張り出されるサムの目に最後に映ったバーの景色は、口をぱっかり開けたままの間抜けな男の顔だった。 バーの喧騒から離れたインパラの前で、サムはやっとディーンの手から解放された。何が何やら分からない、といった顔でディーンを見つめるサムにディーンはあらかさまなため息をついてやった。 「お前は馬鹿か?」 「は?何?」 「お前、気がついてないのか」 またため息。そのため息があまりに演技がかっていて、サムは苛立ったように両手を広げた。 「分かるように言えよ」 「アホだ。お前はアホだ」 「はぁ?」 「買われそうになった事に気がついてないのか!」 ディーンの怒鳴り声にサムはパチパチとその目をしばたかせた。しかも“買う…?”とオウム返しに呟いている。ディーンの言葉に豆鉄砲をくらったような顔をしている弟にディーンは軽い眩暈を覚えた。 「買われそう、って・・・・・・誰が?」 「お前だ」 「何で?」 「・・・・・・知るか。余程の物好きなんだろ」 ・・・目の付けどころはいいが。 そう言いそうになる自分を叱咤しながら、ディーンはサムを見た。ディーンから知らされた事実に完全に衝撃を受けたらしいサムは“そんなまさか”などと未だに現実からの逃避を続けている。 「いや、もう少し渡す金を増やせば・・・」 「そんな奴が多少の金で心変わりするか」 「・・・・・・へぇ」 サムの気の抜けたような返事に、弟が完全に理解不能状態に陥っている事にディーンは気がついた。そんな理解不能な思考回路を持った男に言い寄られた事実を他人事のようにしか理解出来ていないのだろう。普段は自分とゲイに間違われても動揺しながらも即座に否定しやがるくせに。俺との時も驚きまくって固まれこの野郎。…というディーンの悪態が弟にすんなり伝わるはずもなく。サムは“あー”だか“うー”だか、困ったように呟きながら視線を巡らせて、話を誤魔化す様にあからさまに話題を変えた。 「で、情報は?」 「………」 「ディーン?」 「バーは暫くパスだ」 「はぁ?さっき情報手に入れた、って」 「違う。聞き込みが終わった、って事だ」 「じゃあ収穫なし?情報は?何だよ、じゃあやっぱりさっきの男に、 「首根っこ掴んででも阻止するぞ」 ジロリと静かに睨み上げた兄の視線に一瞬だけサムは言葉に詰まったが、結局は狩りをしないことには話が進まない事が十分分かっているのか、困ったように眉根を寄せた。 「狩りは!?」 「するさ。他の情報源にあたる」 「さっきの男に話だけ聞いて逃げればいい。早い」 「お前、人間相手にそんなチンピラみたいな真似できんのか?」 じろりと睨みを聞かせた兄の台詞に弟は気まずそうに視線を巡らせた。図星の何よりの証拠だ。 「出来ないだろ?行くぞ」 ギィ、とインパラの運転席ドアを開くと弟の不思議そうな独り言にも似た声がディーンの鼓膜を揺らせた。 「・・・あの男、本当にそんな物好きなのかな?そうは見えないけど」 「お前には一生分からないだろうな」 はぁ?と言い出しそうな弟の顔を見なかった振りをして。ディーンはインパラに乗り込んだ。 ―――俺もその物好きのストライクど真ん中だ。 そんな言葉を飲み込んで。 |
Bar.