・S5の予告チラシで「サムは自分自身が信用できなくなり、悪霊ハンターを
辞める決意をする」という一文のみから出来た果てしない妄想です(※S5未見)
・ちょっと弱ってるサムがお好みでない方はバックをお願いします
・S5リリース後、あんまりにもハズしていたら下げます(苦笑)
善と悪の境など誰が決める。誰が断罪する。誰が無実で誰が罪深き存在か。そんなもの、誰が決めるというのか。そんなもの、誰も決められるはずがない。 断罪を求めるは他力本願。贖罪を求めるは逃避。 ――嗚呼、じゃあ、どうやって生きればいい。 人は無条件で自分を信じる。其れは人格が形成されていく過程、或いは自己の確立によって自分自身と意識を適合させていく過程で作られる。それはごく一般的な人間の発達過程での話であり、最も初期における自我の確立でもある。よって幼児は無条件で自分を肯定する事が可能になるのだ。その後、成長過程でいくつかの心理的発展と成長を繰り返し、自己再構成の過程を経ながら、自己肯定におけるアイデンティティの危機を乗り越える。 自己肯定の危機――青年期にその問題に直面しながらも、しかしそれでも自己の根本的な否定と喪失には繋がらない。何故なら程度の差こそあれ、それは健全な発展に基づくからだ。そうして人は人生の危機に直面しながらも、根本で己を信じながら進む。言い換えれば、自己の肯定感こそ、人間の根本で存在すべき感覚であり、それがあってこその人間の苦悩と、数多の試練が訪れるものなのだ。 だが、この瞬間。サム・ウィンチェスターには自己肯定感というものが全く無かった。露ほども無かった。それは彼が今までの長いとは言えない、たった二十数年の人生の中で、同じ年齢の者よりは遙かに危機的直面を乗り越えてきた中での最大の危機だった。 自己肯定感の喪失。 言い換えれば、自分自身への絶対信頼の喪失。 サムは自分を信じることが出来なくなっていた。 この感覚を誰かに共有してもらうことは幸先不可能だとサムは気がついている。彼はその事について喚いて、他人に何かを求めるような性格はしていなかった。人は己自身の問題は自分で乗り越えなければ、何の解決にもならないことを彼は知っている。人から与えられた答えを自分自身の答えとして納得して受け入れてみせても、その場では何とかなるかもしれない。だが忘れてはならないのは、それは己の答えではないと言う事だ。そして自分の答えでない以上、歪みはやってくるものだ。それは短期的視点からの話だけではない。もっと長期的な視点で問題が表面化することもある。別の問題が発生したとき、あの時こうしておけば、あれは自分で決めた問題ではない、嗚呼そうだった押しつけられた答えだ、だから今になってこうなってしまうんだ――そんな具合だ。 だからサムは自分の決定権に際して誰かに譲ってきたつもりはなかった。庇護という中での束縛に小さい頃から矛盾を感じていたサムにとって自己決定は光指す道でもあった。だからこそサムは自分で決めてきた――そのつもりだ。大学に行ったのも自分の決意、狩りの世界に戻ったのも自分の決意、悪の血に立ち向かうと決めたのも自分の決意、兄を貶めた悪魔を必ず殺すと決めたのも自分の決意、そのために赤い宝石の名を持つ悪魔の力を借りると決めたのも自分の決意、方法の健全さを失っても結果を求めて進んだのも自分の決意。何一つ譲ったつもりはサムに無かった。譲れば束縛の許しを相手に与え、自分への言い訳の材料になってしまう。全ての決定を自分の意志と責任に帰属させる。頑固ななまでにサムが貫き通してきたのはそんな生き方だ。だから時に迷ったとしても、自分の自分に関する決定権を譲ったつもりは無い。 サムは自分を信じていた。その時、確かに自己肯定感があった。自分を信じていたから決意できた。幾つもの自分の目の前に用意されている選択肢の中から、先の展開を見通し、自分の能力を加味し、最善の選択をしてきたつもりだ。吟味に吟味を重ねた選択肢の中から、選び取ってきた。後悔しない選択を。 ――そう、後悔しない選択を。 だが最善の選択が最善の結果をもたらすわけではないということをサムは身を以て経験することになる。確かに今までのサムの経験の中で一度も選択を間違えたことはない、とは言えないのも確かだ。そもそもの選択を悔いるなら、あの始まりの夜、予知夢の光景を気のせいだと勝手に解釈して、何もしなかったことに全ては起因する。選択をしていないように見せる無作為と言う行為も、確かに選択だ。そして何もしないという選択をサムはした。結果、命がひとつ失われた。永久に。だからサムの選択が全て彼にとって最高の結果をもたらすばかりではない。サムは知っている。 それでも血の呪いを知り、善を求めながら天使という善の象徴に見放されながらも、サムは自分の足で立って見せた。嘆くのを止した。誰に見放されても自分の血の呪いから解放するために、仕組まれた自分の生に諍い、肉親を地獄に落とした存在への報復を誓ってサムは行動した。善を求めながら、方法の健全さを取りこぼす自己の矛盾にもサムは気がついていた。それでもサムは選んだ。自分の手で。長期的に見て、最も最善であろう選択を信じて。 自分を信じて。 だが、それが今はどうだ。 サムはふと自分の歩んできた道を振り返ってみる。結果が出てしまえば、それは酷く無味であり、乾燥したものだった。 ――全てが裏目に出た。 最善と信じていたのは自分だけだった。誰の手のひらの上で踊らされていたのか、サムには見当がつかなかった。今となっては知りたいとも思わない。知ってどうなる。結果は覆すことは出来ない。どうやっても出来ない。自分の選択を信じ、激しく兄と衝突しながら自分で掴み取ったはずの結果は、サムが一番見たくない結果だった。 そこでサムは初めて合理的な選択が最善ではなく、他の視点から行動しても――信条だけを糧にして動くという選択をしたとしても――また別の結果が生まれるのだと悟った。それは彼からすれば、手遅れ、と呼ばれるものだったとしても。どうすれば良かったのか、自分に問いかけても、己の犯した決定的な間違いを見いだすことは出来なかった。些細な選択が事態を知らないままに歪ませ、最後に決定的な歪みとなって露呈した。どうすれば良かったのか。それでもサムは分からない。例えば兄のような視点や感情で選択をしてみたのなら良かったのか。そう思えど、サムは兄ではない。分かっていても兄のように行動することは出来ない。それをしてしまえば、それは兄の模倣でサムの選択ではなくなる。決定権を他人に譲り渡すという、サムにとって最も忌避すべき事態を自分で招き入れる事になってしまう。 ならばサムはサムの選択を貫くしかない。サムはそうして生きてきた。だが、それらは全て失敗だった。ならば兄のようになれば良かったのか、否、それはできない、――堂々巡りの答えは出るはずが無い。 結局、サムはサムが信じてきた自己決定、自分の判断能力を信じ、自分の未来を掴み取るための最大限の努力は間違いだった、答えだけを見ればそうなる。過程など問題ではない。頑張ればいい、という気休めの言葉など、人生をこれほど揺るがす事態の前では何の意味も持たない。結果でしか、選択の整合性を見いだす事しか出来ない。 選択は間違っていた。 選択をした自己の能力に齟齬があった。 だからこうなった。 三段論法によって綺麗に弾き出された答えは、清々しいほどの残酷さでサムの喉元に突きつけられた。 自己肯定感とは何か。 解釈は様々だろう。何を基準にして、何を中心議題に据えるかで千差万別。だか、何を論じて見せようとも自分への信頼がなければ無理だ。自分を信じずにどうして自己を肯定など出来ようか。それは暗黙の了解。今更証明してみせなくともよい大前提の話。 人一人を生かすに十分な自己信頼を失った世界で、目的を持って生きるなど不可能な話だ。しかしそれでも呼吸は出来る。体は確かに酸素を求め、体は栄養を求め、喉は乾く。すっかり景色の変わった世界でもそれは変わらない。サムの中の全てが何もかも変わってしまったというのに、それだけは変わらない。だた、生きているという事実。 そう“ただ”生きているだけという事実。 そんな自分に何が救えるのか。そんな自分に何を決めて、何を成し遂げられるというのか。人の命を救うだけの資格があるとは思えなかった。それが自己への信頼を無くした結果だとしても、サムには誰かを救おうとする事、それは己には手の余る傲慢さを内在しているように思えてならなかった。 もう前のような自分には戻れない。景色が違う。見える世界が違う。 それを弱くなったと言うのか、恐れを覚え思慮を備えたと嘯いてみせるのか。全部が虚構だ。善と悪の判断も人の主観に委ねられた世界の勝手な判断基準でしかない。絶対など何処にも無い。真実は事実で、善悪の判断を介入させる余地は無い。善悪の判断をするのは人間の主観的基準で、悪魔の欲望の基準で、天使の残酷なほどの乾燥した線引きでしかない。 信頼できないのは悪魔だと言った。悪意を内在しているかもしれない他人かもしれないとも思った。だが、其れこそ今は問題にならない。 一番信じることの出来ないのは自分だ。 こんな自分が他の何かを救えるはずがない。自分一人さえ救えないというのに。間違わない自信がない。決意をする事に対する、盲目的であるはずの自己肯定感がない。自分が一番危険で、今も悪魔の血は体内を駆け巡り、毛細血管の一つ一つまで染み渡っているに違いない。人間でも悪魔でもなく、その境界を曖昧にして、それでも真っ当な人であろうと足掻いた自分の事さえ満足に面倒を見切れていないと言うのに。天使さえも身を引くのなら、きっとそういう事なのだ。そんな自分に他人を救ってみせる資格など無い。最早、狩りの世界に身を置いていた事さえ、植えつけられていた使命感か、悪に諍うための自己満足でしか無かったのではないかと思うほど、自分の感情にさえ自信がもてない。 それでも生きている。自分が何で、何が出来て、何をしていくべきか、何をしたいのか、自分の人生に何一つ指標を与えてやれないままに生きている。 ならば。サムは思う。 自分で自分に出来るだけの、それでも一つだけ決めた決意をしようと。最後の決定権を与えて最後の決意をすべきだ。 ――もう、身を引くべきだ。 それは頑なに前に進んできたサムの、最初で最後の後退する選択。いつだって選んではこなかった選択肢を、サムはその時初めて選んだ。 ハンターを辞める。 ハンターにならない自分、という選択をした嘗ての自分が今や少しだけ眩しく見える。正確には、それを選びとる事が出来た嘗ての自分の決意が。自分は自分の道を選び取っていて、間違える事は無いと誰もが持っているはずの自己肯定を出来ていた頃の自分が。少し、戻りたいと思う。出来れば戻りたいと思う。あの頃に。出来るのなら。出来ないと知っていても。 そしてサムは普通の世界に居場所がない事を知りながら、ハンターの世界にも居場所がない自分に静かに引導を渡した。何処にも還る場所が無いことを知りながら、それでも静かに身を引いた。もう誰も傷つけないように、もう誰も惑わすことの無いように。悪魔に利用されず、天使に邪険にされない場所へと。 もう兄の重荷にはならないように。最後にそれだけを願って。 それでもサムの思惑を無視して天と地を巻き込んで世界は動く。 悪魔と天使と、―――そして彼の兄が、程度の差こそあれ、サムに静かな逃避を許さなかった。 そうしてサムは自らがその渦中から抜け出したと信じながら、後にその渦から抜け出せて居ないことを知る。 やがて大きくうねり出す運命の渦に気がつく前の、そんなある日のサム・ウィンチェスターの決意を止めた決意の話。 |