▲拍手お礼文・ログ▲
○黙したまま、知らなくていいと嘯いて○ ――駄目になってしまえばいい。 それは醜い願望なのだと知っている。 例えば。 「ディーン、風邪、ひいたかも」 「…あ?」 ぽつり、と呟かれた弟からの聞き慣れない言葉にディーンは顔を上げた。 目の前には少し首を傾げながら資料をめくっているサムの姿がある。それはまるで狩りの下調べでサムがよく浮かべる謎解きをしている時の小難しい表情に見える。が、ディーンが聞いた言葉はそういう内容ではなかったはずだ。 「何だって?」 「風邪ひいたかも、って」 ディーンはPCの画面から完全に顔を上げてサムを見る。 風邪…風邪、風邪?、と言わなかったか、この弟は。 「……お前いつからそんなヤワになった」 「ああもういいよ。僕の日頃の自己管理がなってなかった」 ディーンの挑発にも応じる気配のない弟はおざなりな返事をした後に小さく咳をする。 こんな生活をしているからなのか――間違いなくそうだろう――どれだけ環境が変化しようとも、二人は病気をほとんどしない。対して怪我は日常茶飯事だが。 そんなディーンが最後にサムの風邪をひいた姿を見たのは何時の事だったか。相当前だ。 コホン。また咳が一つ。 弟は風邪であることを報告だけしておきたかったのか、ディーンの様子を意に介した様子も無く、目の前で再び狩りの下調べを始める。もうサムの中で風邪の話は終わったらしかったが、対して何も終わっていないのはディーンだ。いきなり風邪だと弟の見せる見慣れぬ姿と言葉を聞かされて、これで終わりにされたらたまらない。 暫く見聞きしていなかった弟の病気。ディーンは直ぐに体を乗り出してサムの顔を覗き込んだ。このままにしておけるわけがない。 「悪かったって。辛そうだな。熱は?病院は?保険証は…」 「朝ちょっとおかしかったからもう病院には行ってきた。こういうのは早めが肝心だから」 コホン、とまた咳が一つ。 どこまでも完璧さを求める弟はピルケースをディーンの前に置いてみせた。 おい流石サミーちゃんだな、と喉元まで出かけたがディーンは黙る事にした。どこまでも抜かりない。大方ディーンに告げたのも、後で症状が悪化して迷惑をかけないようにするためなのだろう。 「じゃあ寝ろ」 「いや、まだ調べ物が」 「さっき早めが肝心って言ったの誰だ。もう寝ろ」 「だから調べ物が出来るように薬を」 「お前何か根本的に間違ってるぞ。寝ろ」 体調が悪いから早めに対処するのであって、早めに対処したから仕事をするとはどういう論理だ。ディーンはそんな事を一人ごちながら、サムをベットに押し込む。 暫く抵抗する素振りを見せていた弟も、問答無用のディーンの行動にしぶしぶ折れたようだった。サムは不服そうにしながらも素直にベットに向かう。そらみろ。つらいんじゃねぇか。 もう少し世話を焼きたい気持ちをディーンはぐっと抑えて、調べ物をしながらちらりとベットの中に収まっている弟を見る。完璧な、弟。そうなったのは、そうやって育てられたからだと知っているし、こうやって生きてきたからだとも知っている。 けれど。 「…サム」 「んー。何?」 「お前、もう少しダメになってもいいぞ」 「…は?」 「サミーちゃんは変な所で完璧すぎるんだよ」 「言ってる意味がよく分からないんだけど」 だろうな。ディーンは思ったが静かに黙るに留めておく。 「ディーンに迷惑かからないだろ?」 「風邪ひいた奴がよく言う」 「…悪かったな。もうディーンが何言いたいのか分からない」 「熱のせいだろ?」 「くそったれ」 「ガキ」 ずっと分からなくてもいい。 分からなくてもいいんだ、サム。 完璧すぎるお前が駄目になって、もっともっと駄目になってしまえ、なんて俺が思っていることは知らなくていい。熱を出してどうしようもなくなって、俺無しじゃ駄目になるような、そんな依存するくらいになればいい、なんて。お前は分からなくていい。 駄目になっちまえ。俺がいて初めて立てるようになっちまえ。お前の目の前の兄はそんな事を思っている奴なんだよ。だからサム、お前こんな事知りたくないだろう? だから。 俺のこんな感情、お前は知らなくていい。 END |