それは突然、やってくる。

 突然恋を自覚した少女の話、を読んだことがある。もちろんサムが進んで読んだものではない。テキストに載っていただけの通りすがりの文章だ。サムは昔からフィクションより事実を的確に伝える説明文や、サムの経験したことのない世界を鮮やかに見せてくれる随筆の類の方が好きだった。
 ともかくそれはサムが転校を繰り返す生活の中のありふれたジュニアスクールの授業の中の話だった。
 比喩表現を得手とする作家が何を考えていたのか読みとらせる授業だったと記憶している。情景を味わい、感情を読み取り、詩的な表現に触れる授業だ。
 ――赤い実がはじけた。
 それが少女が恋を自覚する表現だった。赤い実は初恋の象徴、弾けるという言葉に恋に落ちる突然性を含めたそれは良くできた文章だったのだろうと、今になってサムは思う。時間を経て味わいを増す小説は確かに存在するし、記憶の中で彩りを増す物語こそが名作と呼ばれる所以だろう。

 弾けるような突然さは、まさしく過去に読んだ文章そのものだ。

 いつもの光景のはずだった。確かにその光景を何度も見ているはず筈だったし、少なくともサムにとっては日常だ。それは呼吸をすることや、汚いダイナーで食事をとる光景とあまり変わらない。記憶にすら留められることはない、時間の経過とともに忘却の冠を戴く光景。
 銃の手入れ。
 ゆるい暖色の蛍光灯が光るモーテルでのありふれた光景だ。金属同士がこすれあう冷たい音、鼻孔の奥に染み付くようなオイルの重い匂い。
「サム、タオル寄越せ」
 愛用の銃を手入れしながらディーンは顔も上げずにサムに話しかける。兄の手元のタオルは内部の掃除でオイルと煤に汚れすぎていて、仕上げにさしかかった銃を拭くには向かなかったのだろう。
「んー、ちょっと待って」
 そうしてサムが使っていた、まだ新しいタオルを渡そうとディーンを振り返った時にそれは起こった。
 銃の手入れを続けるその横顔に。

 まさしく何かの実が弾けたかのように突然に。
 サムは文字通り恋に、――落ちた。


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続きません(笑)
小学校の頃の国語の教科書の「赤い実はじけた」懐かしいなぁ、と思っていたら書いてました。
本当はこれをベースにリリカル風味の長い話を書こうとしていたのですが、3年近く経っても頭の中で膨らまなかったので、リサイクルでアップ。



【あかいみはじけた】