人気のない州道を一台の車が走る。 …もとい森のど真ん中を開拓し、周囲は木ばかりの田舎の州道をインパラが走る。 時は深夜2時。全てが静まり返る時間である。 ラジオからはサム曰く懐メロという部類の曲が流れ始める。今日のナンバーはしっとりとしたバラードで。失恋した貴方も恋をしている貴女も今日は相手に想いを馳せてみては?そんな選曲メニューを伝えるDJにディーンは忌々しげに息を吐いて、ラジオのスイッチを切った。 「サム、何か言え。退屈で死ぬ」 「“何か”」 沈黙。 「失恋した気分になったぞ、俺は」 「じゃあラジオつければ?」 「事故ってもいいのか。退屈は人を殺す。つまりは俺を殺す。で、ここで俺が事故ったら、二人仲良くあの世だ」 「それは嫌だ」 二人とも疲れ切っていた。それはお互いの声色でお互いの疲労度が軽く推し量れるほどには。本来ならばモーテルで疲れきった体をベットに埋めて、二人は睡眠をとっているはずだったのだ。何が悲しくて深夜2時に差し迫った用も無いのに車の中の住人になる必要がある。それは二人の紛う事無き一致した意見だ。 「サム・・・何か面白い事を言え」 「ディーンが言えよ」 退屈な上に疲れているのはお互い様だ。そんな言葉を匂わせてため息をサムが吐けば、ディーンも負けじと煩わしそうに緩くハンドルをきる。 「運転してる人間に敬意を払え」 「元はといえば、兄貴の大好きな大好きな“彼女”がトラブルを起こしたからだろ?」 「非の打ち所の無い“ハニー”もたまには機嫌が悪くなるんだよ」 彼女、又の名をハニー、正式名称はシボレー・インパラ、は今日に限ってすこぶる調子が悪かった。しかも自然破壊がなんのその、と思わせるような周囲を山に囲まれた自然溢れる場所で狩りをした帰りに突然機嫌が悪くなったのだ。 一番近い街まで124マイル。既に時間は深夜11時。車さえ通る気配の無い夜の州道でその事態に直面した二人の落胆の度合いは言うまでも無い。 「とにかく何でもいいから言え」 横暴だ、そうサムは思ったが、今の今まで愛車を修理していた兄にも相当の疲労が溜まっているのだろう。少しだけ息を吐いてサムは諦めたように呟いた。 「文句言うなよ」 「言わない」 「・・・・・・明日地球が爆発する。」 「そりゃ大層なこった。運転してる場合じゃねぇな。――面白くない、却下」 「昨日宇宙人を見た」 「へー。そりゃすげぇ」 文句を言うなとは言ったが、こんなあらかさまに気の無い返事をされればサムだってそれなりに面白くは無い。だから言っただろ、という言葉を飲み込んでサムは思いついたネタの最後を呟いた。 「結婚した。」 「俺とだろ?」 ダメだ。手のつけようが無い。じろりと効果の無い睨みを効かせてもディーンは何処吹く風だ。 「今おもいっきりディーンを殴りたい」 「お、ちょっとは面白い」 面白い事を言ったつもりはない。ボケている兄貴への率直な感想だ。 「・・・選手交代」 サムが白旗を揚げると、幾分か機嫌が浮上したディーンがパチンと指を鳴らした。 「俺は女にモテモテだ」 「それは妄想だろ。しかも面白くない」 「実はさっき森の中でドル札が詰まったアタッシュケースを見つけた」 「廃業する?」 「俺、結婚した」 ネタが被ってるんだけど。と言いそうになってサムは言葉を飲み込んだ。言ってもディーン相手では無意味だ。それに面倒くさい。 「へぇ、公式記録で死んだことになってるのにどうやって役所に届けたの?相手は?」 それでも律儀にサムが返事をしてやると、あろうことか嘗て数学の達人と称されていた優秀な弟の兄はとんでもないことを言い出した。 「お前とだ」 「そんな記憶は無いんだけど」 「何言ってんだ、そうあれはミズーリの教会で・・・」 「過去をねつ造するな!!」 間髪入れずに的確な台詞をよこした弟にディーンは前を見たまま、満足そうに笑った。やっと弟にもエンジンがかかってきたらしい。むしろディーンの戯れに付き合う律儀さに感謝すべきかどうか迷ったが、サムの意識のベクトルが疲れから兄に向かっている事は喜ばしい。 そんなことをおくびにも出さずにディーンが“じゃあ次お前言ってみろよ”とけしかければ、真面目に考える弟の姿。秀才と言われた弟の子供らしい一面が俺にだけ向けられていて嗚呼幸せ、なんてことを言えば本気で殴り飛ばされそうなので言わないが。 「じゃあ…塩だと思ったら砂糖だった」 「うお、怖ぇ」 言うまもなく狩りでの事だろう。思わず想像してディーンは背筋が冷えた。 「まだある。聖水と思ったらミネラルウォーターだった。…ソロモンの輪の描き方を失敗していた」 「分かった!分かった。・・・洒落にならん。洒落を言え。笑えるやつを」 「じゃあ・・・昨日ナンパされた。男に」 「何だと!?」 思わずサムの顔を凝視したディーンだったが、とてつもなく快適なドライビングのハンドルの独占権を所有しているしている事を思い出して、無理矢理に視線を前に戻した。 「いや、ディーン。ここは笑い飛ばすところだから」 「何処が!それ本当なのか!?」 「まぁ一応」 「殴ったんだろうな!?」 物騒な兄の台詞に表情を怪訝なものに変えたのは弟。洒落にならない洒落話を聞かされて物騒な言葉を吐く兄の表情は若干凶悪だ。 「いきなり街中で傷害事件を起こせないだろ。適当にあしらった」 「くそ、面白くない」 “あしらった”という言葉に一応は落ち着いてみせるものの、聞いてしまった言葉は無かったことに出来ない。ああちくしょう、なんでこの弟は少し目を離しただけでこんなに危なっかしい展開に巻き込まれるんだ。男に言い寄られても面白くともなんとも無いだろうが、この弟の事だから女に言い寄られても困り果てるだけだろう。全くどこまで兄泣かせなんだ、アーメン。 「あふ、眠い。ディーンの番」 おい、兄貴の心を此処まで掻き乱しておいて“眠い”はないだろう、弟よ。何だこの温度差は。 「………」 「ディーン?」 「お前を抱きたい。今すぐ。猛烈に」 「はぁ!?」 思わず身を起こした弟を見ずにディーンは気合十分とハンドルを握りなおす。 「お陰で目が覚めた。よし、モーテルに急ぐぞ」 アクセルをひと踏みすれば、エンジンの回転数が上がって愛車の速度がみるみる増す。 「はあぁあぁぁ!?なんでそうなる!?」 「お前が悪い」 「何が!?第一ディーンだって狩りで疲れてるだろ?今日は…」 しどろもどろになったサムの言葉尻を捕まえて、ディーンはにやりと笑った。 「天国にイかせてやるよ。二人仲良くあの世だ」 その瞬間、インパラの中で哀れな弟の叫び声が木霊したが、真夜中の州道、そんな悲鳴は誰の耳に届く事は無かった。 アーメン。 END. |