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○みずのなか、○



コポ、と空気が透明な水の中で躍る。静かな静かな生ぬるい優しい世界。そこは聖なる水の中に約束された安息の世界だ。浄化を約束する排他的な福音のゆりかご。
サムはたゆたう水の中に身を任せて、じりじりと呼吸が締め上げられる、ぬるい息苦しさに目を閉じる。酸素が焦げ付く感覚は、細胞が死んでいく音だ。
こぽ、と言う音にサムは耳の奥が脈打つ音を聞く。いよいよ肺は酸素を渇望して、脳は呼吸を促す。本能的な死への恐怖が、サムに今すぐこの世界から飛び出せと告げている。けれどサムはそれに逆らう。
死ぬのかな、と他人事のように考えてサムは口元をゆるめて、忙しくなる心臓の音を聞く。

――が、次の瞬間、サムは窒素80%、二酸化炭素20%弱、残りが酸素と他の気体が満たされる世界にサムは引っ張り上げられていた。

「お、ま・・・え、何をやってんだ」
「何、って・・・聖水に浸かってた」
サムの腕は引っ張りあげられ、それを掴んでいるディーンもまたサムと同様、全身が濡れていた。サムはぼんやりと、ああディーンが引っ張りあげてくれたんだな、と思った。ディーンは聖水に満たされた広い広いこの場所に飛び込んでいて、その息は焦ったように乱れていた。心配させたかな、とサムは思う。

ある日突然、聖水の中に居ろ、と言われたので、サムは首を傾げた。当たり前の事だ。
『・・・それ、何の冗談?』
『冗談なわけがあるか』
苦々しい様子で視線を逸らすディーンにサムは益々首を傾げた。
――どういう事かさっぱり分からない。

そしてサムは聖水の中にいる。どういう事かよく分からないが聖水の中でたゆたう事を余儀なくされた。
聖水の中にいないと死ぬらしい。サムはディーンからそう知らされている。悪魔の血が関係しているらしいが、その子細をディーンはサムに教えない。サムも聞くことを諦めた。
「だから何でわざわざ頭のてっぺんまで浸かってんだ。死ぬ気か」
「いや、そんな気はないけど・・・。何となく」
前髪から滴る聖水が、額に落ちて目の中に滑り込み、サムは潤んだ視界を振り払おうと2、3度瞬きをした。ディーンの顔がよく見えない。立ったままのディーンは両手でサムの頬を包み込み、膝を突いた形で、胸まで聖水に浸かったままのサムをじっと見下ろしている。
「ディーン?」
「サム、   」

――ごめん。

そうディーンの唇は動いたような気がした。けれどサムはその言葉を確かめる事は出来なかった。見えなかったからだ。

ディーンの唇がサムの唇を静かに塞いでいた。

重ね合わせた唇は焼けるように熱い。それをサムはディーンの体温が高いのだろうかと思ったが、どうやらサムの体温が下がりすぎていたせいらしかった。
重なるだけの唇はそれ以上の強い接触を求めてはこなかったが、その唇が震えているようにサムには思えた。ディーンの額から落ちた水滴が一粒、サムの鼻先に落ちて、二人の唇の隙間に流れ込んでいく。

神の祝福がなされた輝く命の源の中で二人は愛を伝える契りを交わしていた。これが何を意味しているのかサムにはよく分からなかった。

けれど、ディーンの手が縋るようにサムを包み込み、その唇が震えている事に、サムはこのままディーンに全てを委ねるのも悪くないとぼんやり考えていた。




END