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2.サイコパストキヤ×新米FBI捜査官音也/プライベッター加筆修正

※すごく萌えたのでブラックリストS1-4『シチューメイカー』の1シーンを軽率にパロ
音也=アカデミー出たての新人FBI捜査官
トキヤ=元NSAエージェント。国家を裏切り、世界の犯罪者相手に手広く商売をする指名手配犯となるが、現在はトキヤのみが持つFBIでさえ存在を知らない犯罪者のリストをFBIに提供するかわりに免責特権を取得。音也に情報を流しながら、一緒に行動することもしばしば。
音也に異常に執着している(重要なのはここだけ)

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 何が最悪と言えば、何もかもが最悪だった。なんでこうなったかと言えば仕事をしていたせいだ。音也個人に何の落ち度もあったとは思えない。逮捕した特別手配犯を別の刑務所へと輸送中しようとして、逆に人質に取られてこうなっているだけなのだ。
(この下衆…)
 音也は朦朧とする意識の中でそんな事を思う。この仕事に身を置いてから、どんな凄惨な事件を起こした犯人にも滅多に思ったりしない、口汚い言葉だった。頭がぐらぐらして、剥き出しの感情を何時ものようにコーティングできない。拉致された際に嗅がされた薬がまだ抜けずに頭の芯がゆらゆらと力を加えられているようにしっかりと保てない。
 しかし何時もより数倍、数十倍もの悪態が漏れてしまうのもそれはもう致し方ない事とも言える。音也は今、目の前にある命の危機を強烈に意識すると同時に、その同じ命の危機を感じながら殺されていった何人もの被害者の無念をも思っているからだ。

 椅子に縛り付けられた音也の目の前には大きなバスタブがある。
 バスタブと言えば聞こえはいいが、それは白い曲線のよくある柔いものではない。銀色のアルミ色がした無機質なそれだ。音也は昔こういうバスタブを見たことがある。大学時代にサッカーに熱中しすぎてうっかり骨を折ってしまって入院した病院の病棟の風呂であったり、捜査で訪れたモルグの死体洗い場。――そういう類の無機質で嫌な感じのする、まさに長方形のそれだ。
 なみなみと液体が満たされ、シュウシュウと嫌な音をさせながら静かな湯気が立ち上っているが、その中にあるのは勿論40℃の心地いい湯などでは無かった。鼻にやんわり刺激臭を送ってくるその液体はまさしく化学物質であり、強力な酸性の液体であろう事が否応なしにでも少し離れた場所に居る音也にも分かる。
 その中に人が入ると骨さえも残らない。
 それがこの音也の目の前にいるひょろりとした体躯を持つ青白い顔をし、壮年に片足を突っ込んでいるような白髪交じりの髪を持った男――殺し屋を生業とする通称『シチューメイカー』が数多の人間を処理してきた方法であった。
 彼の手にかかれば、ターゲットの人間は髪の毛一本さえ残らずにこの溶剤に溶かされて、最後は下水に流しこまれてしまう。そう、まるで『シチュー』のように。そして死体は見つかることなく、被害者は失踪とみなされ、行方不明扱いのまま。完全犯罪が遂行されるという次第だ。

「ね、話をしようよ」
 音也がそう言っても、目の前の男は無言でバスタブの隣の手術台とその隣に置いたトレーを整える手を止めない。
 縛り付けられたままの音也の視界からでも銀色のトレーの上には見たくないにしても色んなものが見えた。メス、鉗子、細い鋏、アイスピックのようなもの――何に使うのかはもう考えなくても分かる。不気味な予感に音也の背筋が冷える。

「依頼主にめいっぱい苦しめてから跡形もなく死体は処理するように、と言われている」
 そうして音也の何度かの呼びかけにようやくシチューメイカーが言った言葉がそれだった。依頼主とはとある実業家の失踪事件でシチューメイカーに殺害依頼と死体の処理を頼んだとして、音也が取り調べをした男である。どうやら逆恨みをしての音也の殺害契約を再びシチューメイカーに依頼したらしい。音也はシチューメイカーの言葉に、その事実に確信を持った。しかしながらFBI捜査官の殺害依頼とは大層な事を思いついたものだ。もしくはそこまでシチューメイカーの腕がいいという事か。
「俺は大学では犯罪心理学を専攻してた。だからおまえの苦しみは分かるよ。専門家の手助けがいる。今ならまだ間に合う。俺はまだ死ぬわけにはいかない。友人もいるし、週末は遊ぶ約束をしてる。同僚とは家族のような付き合いをしてるんだ、だから…あんたにもそういう大事な人、いるだろ…?」
 相手に人間性を訴えて、目の前の殺そうとしている相手も生きた人間だと意識させる。
 心理学においてはそれが有効な手であると、過去に大学で、アカデミーの訓練生の時に、学んだ知識を総動員して、音也はなんとかここから生きて帰ろうと画策する。死ぬわけにはいかないのだ。音也はまだ死にたくはないし、ここで手をこまねいて、シチューメイカーの言う通りに、苦しまされてから最後に溶かされて骨の一片まで下水に流されるわけにはいかないのだ。

 だがしかし、シチューメイカーはゆっくりと振り返り、椅子に縛られた音也の縄をゆっくりほどいたかと思うと、まだ薬の作用で体の自由がきかない音也を抱き上げ、片眉をあげながら少しも表情を変えずにこう言った。
「さぁやろうか」
「この下衆…」
 音也の声は相手への嫌悪感で唸り声のようなものになっていた。そもそも音也の画策がサイコパスに通じるはずが無かったのだ。これは普通の殺人犯相手に使う言葉であって、シチューメイカーのような精神異常者には意味が無い。殺す相手に人間性を見いだせる様な普通の感覚があれば、裏社会でこんな仕事を請け負って長年生きているはずが無かったのだ。
「誰か…!」
 抱き上げられたままで見えたバスタブの中身を凝視して思わず音也は助けを求めた。求めずにはいられなかった。
「申し訳ないが、この場所は誰にも見つからない。祖父の代に使っていた作業小屋だからね。この一帯の森も私有地だ」
 バスタブのすぐ隣の手術台の上に乗せられ、音也の四肢はベルトで固定される。そうしてシチューメイカーが鼻歌を歌いながら持つレンチがきらりと光り、音也はいよいよ打つ手がないと冷や汗をかいてもがく。
 しかしながらそれは固定された手足の前では何の効果も無く、シチューメイカーが音也の口の中を無理やり開けてそれを突っ込もうとした瞬間。シチューメイカーの後ろに見えた人影に音也はシチューメイカーを睨んで言った。
「…ここって、誰にも見つからないんじゃなかったっけ?」

 振り返ったシチューメイカーが見たのは、夜色の髪を持った美しい男の恐ろしいまでの無表情な顔と、その男が振り下ろす拳だった。

***

「トキヤ、ダメだよ、トキヤ!」
 音也がどれだけ叫んでも、トキヤの手は止まらない。
 手術台に縛られていた音也はトキヤによって拘束をほどかれ、元いた椅子まで運ばれ、再び座らされた。「薬を嗅がされたみたいですね。もう少し辛抱できますか?」とまるで子供に言い聞かせるように優しく言われて。
 先よりは随分頭もはっきりしてきているが、まだ音也は身体を十分に動かせるまでには薬が抜けていない。だから音也は目の前のトキヤがすることをただ見ている事と、声を必死で張り上げる事しかできない。

 トキヤは並々と薬剤が注がれたままのバスタブの縁に跨ぐように手ごろな椅子をひっかけ、その椅子に座らせた人間が逃げられぬよう、きつく縄をぐるぐる巻きにして縛り付けている。口には布を噛ませて。それはトキヤの一撃によって未だ昏倒したままのシチューメイカーの姿だった。
「トキヤ!やめてよ!」
 ここまでして、トキヤが何をしようとしているか分からない音也では無い。そんな事をする必要はないのだ。今必要なのはシチューメイカーの逮捕と、今までシチューメイカーがその死さえも隠ぺいしてこの世から身体を消された被害者達を調べ上げ、その身を案じる遺族にせめて祈りがささげられるようにしてやる事だ。
「そいつは証人なんだ!トキヤ!」
「シチューメイカーは被害者を融かしてしまう前に記念品として被害者の歯を一本抜いて保管しています。俗に言う殺人者の『記念品』です。それらは必ずこの家のどこかに保管しているでしょう。それを探してDNA照合すれば被害者の身元などすぐに知れるだけの話です」
 貴方もさっき歯を抜かれようとしたでしょう?仕返しもせずに逮捕で気が済みますか?とトキヤがレンチを一瞥しながら酷く軽薄に言う。
「それでも!」
 音也が声を張り上げた瞬間、椅子に縛られたままの男がようやく目を覚ました。そしてシチューメイカーが自分の状況を――椅子に縛られ、触れれば骨まで溶かし尽くす薬剤のうねるバスタブの縁に椅子ごと置かれている不安定な状態に気が付き――声を張り上げようとしたが、それは噛まされている布のせいでくぐもった音しかしない。焦った冷酷な殺人者はなんとかこの状況から逃げようと身体をよじり始める。
「暴れるとその椅子ごと浴槽に落ちますよ?まぁ私は一向に困りませんが」
 そのトキヤの一言にシチューメイカーの動きはピタリと止まった。状況を正しく理解している様子で、その額からはみるみる脂汗が吹き出し、目は見開いたまま、恐怖のあまり血走っている。
 トキヤはそんなシチューメイカーを感情のこもっていない酷く美しい無表情な瞳で一瞥して、音也の方に静かに歩み寄る。
「音也、すぐに済みますから。反対側を向いていてくださいね」
「トキ…!」
 そんな風にトキヤは椅子ごと音也を後ろに向かせた。身体を動かせない音也の視界から手術台や浴槽、シチューメイカーもその姿を消す。
 こうなってしまっては音也からは何も見えない。言う事を聞かない身体を必死で動かせて、せめて首だけでも回せないかと踏ん張ってみるが、かろうじて顔が横に向く程度で、その視界の端にシチューメイカーの前に立っているであろうトキヤが映る程度だ。

「生きたままここに放りこまれるとどうなるんでしょうね?」
 トキヤはもうまるで音也がここに居ないかのように、さっきまでの声色とは打って変わって酷く乾いた調子でシチューメイカーに言う。
「貴方が作った特製の酸性溶液ですからね、皮膚はあっという間に溶かされるでしょう。目はその次。鼻は突出していますからすぐに顔面は真っ平らになってしまうでしょうね。組織はどうなるんでしょう?恐らく内臓は暫く経ってからじくじくと溶けて汚らしい液体になっていくんでしょうね。骨は?神経は?脳は何時まで残っているんですかね?意識は?痛みは?どのタイミングで地獄のような痛みから解放されて死ねるんでしょうか。ああ、そういえば知っていますか?昔ギロチンで首を切断された後、人はどのタイミングで死ぬのか疑問に思った医者がいるそうですよ。彼は処刑される罪人にこう頼んだそうです。『首が切り落とされて、意識のある間は瞬きをしてくれないか』と。そうして彼は処刑されて落ちた首が数秒の間瞬きをし続けた事を確認したそうです。つまり首を切り落とされた瞬間に人は死ぬのではないと、その医者は手記に書き記しているんです。では今回の場合はそうなんでしょうね。生きたまま溶けていく場合の死とはどのタイミングなのでしょう?すぐではないような気がしますけどね。神経医学には明るくありませんのでどうなるのか知りませんが、生きながら溶かされるなんて見れたものではないでしょうね。あまりに醜くて。まぁでもいい機会です。試してみましょう」
 うー、うー、とくぐもった必死な唸り声が聞こえる。シチューメイカーのものだ。
「おや?やめてほしいのですか?」
 ううううううう…!という声が一回。頷いてでもいるのか、暴れてでもいるのか、椅子がギシギシ鳴っている。
「そうですか。勿論やめてほしいですよね」
 トキヤの声が一瞬、とんでもなく柔らかくなった。まるで許します、と言わんばかりに。
 しかし。

「――音也に手を出した罪、甘んじて受けてくださいね」

 ガッ、という嫌な音がした。音也の視界のトキヤが何かを蹴っているのが見えた。何を。言わずとも分かる。トキヤが世にも恐ろしい事をしている瞬間を目の当たりにして、音也の額からも汗が噴き出した。
「やめっ…!!!!」

 バシャン。

 何かが派手に水面に落ちる音がしたと同時に、音也が今まで聞いた事のないような音がその場を満たした。
 何かが必死でもがくような音、水の中でくぐもる低いような高いような、唸っているような、笑っているような、なんとも表現しがたいヒトの声。じゅうじゅうという何かの音。とんでもなく厭な空気。人が死ぬ黒い気配。

 そうして時間の感覚を無くすほどに音也も激しく鳴る鼓動に煽られて、息苦しさをやりすごそうと何度も深呼吸をしていると、気が付くともう何も聞こえなくなっていた。恐ろしいまでの静寂がそこにあった。
「終わりましたよ」
 あまりの事に声を失っている音也の目の前に再び立ったトキヤは静かに微笑んでいた。時折ゴボゴボという嫌な音に混じる、なんとも言えない異臭が鼻をつく。――嗚呼。
「お待たせしました。さぁ帰りましょう、音也」

 音也は思う。トキヤを呆然と見つつ、額からつうと汗が一筋落ちる感覚を思いながら。
 彼の方こそ――トキヤの方こそ、何故か度を越して自分に執着する、シチューメイカーをも凌駕するサイコパスだ、と。