4.ボディ・オブ・プルーフのS1の中にあった1シーンにやたらめったら萌えたのでトキ音変換

やらずにはいられなかった…。かなり前に見て記憶がうろおぼえなので医学的な記述には大いなる間違いが含まれていると思います…!
※以下たいして本編に関係のない設定。細かすぎる。
トキヤ=検視官。一流の脳神経外科医だったが、交通事故の後遺症でたまに指先が震えるようになり、それが直接の原因ではないにしろ患者を死なせることになり、医師を辞めて検死官になった。手順遵守の組織的な体制に対して事実を的確に指摘するので、たまに人と衝突する。
音也=医療捜査官。元警察官。職務中に足を撃たれ、激しい運動が出来なくなったため警官を辞めた過去があるがここでは心底どうでもいい設定。
二人は相棒同士。
翔ちゃん=市警の刑事。事件が発生するとトキヤと音也を呼んで検死してもらう。

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「あ、トキヤだ〜」
 病室のドアを開けるとニコニコと笑った相棒の姿があった。
 ファッション性皆無の(勿論そうでなければならないのだが)入院着と点滴のチューブに繋がれたその男は、トキヤの姿を認めると血色豊かな頬で笑顔を作ったかと思うと、楽しそうに手を振りはじめたではないか。
「……思ったより元気じゃないですか」
 どう見ても24時間以内にオペをした人間ではない。まさしく元気が取り柄、生命力の塊のような姿である。大抵オペをした人間と言うのは活動が鈍り、何となく元気が無く見えるものだというのに、トキヤは現在の所入院患者かつ相棒の、おおよそ元気にみなぎっている様子の男――音也を見て気がぬけた様に声を出した。
 こういう時にどういうものを持っていけばいいのか分からず――元脳外科医が聞いて呆れるが――花を持っていくべきかと考え、翔に必死の形相で止められ、結局雑誌や本を持って見舞いにやってきたのだが、こんな調子では見舞いの品を素直に渡すと言うのも気が引けると言う有様である。

 しかし音也はトキヤの残念そうな顔(それも良く考えればとんでもなく失礼な事ではあるのだが)を見ると「いやいや、そんなこともないんだよ」と言って、トキヤにベッドの傍らの椅子に座るような身振りを見せた後、少しばかり興奮した様子で話しはじめた。
「いやーほんと、びっくりしたんだよー。昨日の夜、急にお腹が痛くなって!我慢できるかと思ったら全然そんな事無かった!死にそうになりながら夜中にタクシー拾って病院行ったら即手術なんだもん!」
「それはそうでしょう…。さっき貴方の主治医と話してきましたが、貴方の場合は薬で散らせませんでしたからね。腹膜炎を起こしかけていたそうですから。我慢のし過ぎです」
「なるほど道理で死ぬほど痛かったはずだよね〜」
「ならどうして私に電話をしなかっ………まぁいいです、幸いにも腹腔鏡手術だったようですし、数日で退院できるでしょう。そもそも術後でそんなに元気なら、その生命力は殺しても死にませんね。検視局の皆にもそう伝えておきます」
「えええ…。ちょっとは心配してよ…」

 はいどうぞ、と持っていた雑誌や検視局の人間から渡された見舞いの品を丸ごと渡そうとして、トキヤはオペを受けたばかりの人間に重量のあるものを手渡すわけにはいかないと近くのテーブルの上に置く。
 その巨大な紙袋の中には検視局の人間から託された見舞いの品が山ほど入っている。何故か少しだけ開いた口から新品のサッカーボールのようなものも見え、仮にも医学を修めた人間が病人相手に何を考えているのだ、むしろ退院祝いに渡すべきものでは無いのか、と言いたくなるが、ここは言わぬが親切と言うものなのだろう。
 驚くべきことに骨折や怪我以外の内科系の疾患で入院した事が初めてだと言う音也の話を聞いていると(もちろん元脳外科医のトキヤにとって音也の入院生活に目新しい話は無いに等しいのではあるが)、ちょうどその最中トキヤのスマートフォンが震えた。ディスプレイはメールの受信を知らせ、その中身は『公園通り。20分後に』という簡潔な一言。
 トキヤはその文面に思わず顔をしかめた。何も今でなくともいいだろうに、タイミングが悪い。
「もしかして翔から?」
「ええ、殺人事件のようですね。急ぎのようなので行ってきます」
「え?トキヤ一人で?他に誰か検視局から付いていく人いないの?」
「私の相棒は貴方でしょう。殺人事件の一件程度、貴方がいなくても検死くらい造作もないですよ」
 と、トキヤが言うと音也が何故か妙に深刻な顔をした。こんなに真剣な顔は捜査中でも中々見られないと言うと失礼極まりないが、そう思ってしまうほどに真剣な表情である。
「……トキヤ」
「何です?」
「俺が居なくても大丈夫?大変じゃない?事実ばっかり指摘して他の人を怒らせたりしない?」
「何を言うかと思えば。大丈夫に決まってるでしょう。その間は雑務を翔に手伝わせますし、貴方に心配されるほどでもありません。貴方は余計な事を考えずに養生しなさい」
「……市警の刑事をこき使ったらダメだよ…」


 ――なんて話をしていたのが三日前の事だった。

 それはおおよそ何て事は無い光景だったのだ。少なくとも外科医、検視官として生きているトキヤにとっては、虫垂炎で命の危機を迎えそうになるなどありえない事だったのだ。勿論医学の世界で不測の事態が発生することはあるし、絶対など有り得はしないのだが、こと音也に関して死という概念と彼は一致させるには難しいと思っていた。元警察官が持つ抜群のカン、類い稀なる運動神経に、死と密接に関わる検視局において底なしに健全な精神。それらはトキヤの音也に対する生命力への信頼に繋がっていた。二人の距離があまりに近い分、それはもう盲目的なほどに。思い込みは当然の事実を当たり前のように捻じ曲げる。
 そんな事などありえないのだ。人は死ぬ。突然死ぬ。何が理由があるわけでもなく、突然その命を終えてしまう事がある。トキヤはそれを何度か目の当たりにしてきたし、その死の謂れも分からぬまま死んでいった人間や、突然の別れに悲嘆にくれる家族も見てきたはずなのだ。
 ましてや、今回トキヤが検死官として関わることになった事件のように、病院内部で働く看護師がオペ用具に細工をしかけて、医師も気が付かぬままに静脈の縫合が不完全なままにオペを終え、経過良好だと退院をした病人が時限爆弾が期限を迎えるように、腹部で激しい内出血を起こして次々と死んでいくような事件が起こるなど誰が予測しえたと言うのだろうか。
 その死はあまりに突然で、謂れを被害者が知る事は無く、突然の別れに怒りを覚えるだけの遺族は何年経ってもその死に理由を見つけるものではない。酷く理不尽な、悪意に満ちた作為的な死があっただけだ。

 しかもその病院が虫垂炎で音也が運ばれた場所で、その細工をされた器具が音也のオペに使われ、腹部の縫合が不完全なまま、犯人以外それを誰も気が付く事も無く、音也が退院した事など、誰が予想しえただろうか。
 犯人逮捕に安堵したのもつかの間、その事に気が付いたその時のトキヤの焦りは尋常なものではなかった。慌てて無事を確認するためにコールする先、退院し、自宅静養をしている音也が一向に電話に出ない事で、嫌な予感は現実のものとなった。
 音也は腹に時限爆弾を抱えている。それは確実に遅かれ早かれ時が来れば、腹部で静脈が裂け、激しい内出血を起こし、確実に死に至る知性の爆弾だ。
 その残り時間はゼロに至っているには十分な時間がオペの時から過ぎていた。


 バン、と翔が体当たりをしてドアのネジが飛ぶ。その後ろからトキヤがなだれ込むように部屋に入ると、単身者世帯には少々間取りの豪勢な部屋のリビングに倒れている人影があった。
「――音也!」
 その体はぐったりとしたままで、瞳は閉じられたまま、トキヤの呼びかけに反応することはない。顔は恐ろしいほどに真っ青だ。
「音也!聞こえますか!音也!」
 トキヤは床に横向きに倒れたままの身体を仰向けにし、その手首を取り脈拍を確認する。明らかに弱い。後ろでは翔が携帯電話で救急車を要請している声がおぼろげながらに聞こえつつも、トキヤは音也の腹部に触れ、触診をするとその感触に思わず眉をしかめた。
「おい、音也は大丈夫なのかよ!」
「音也…」
 翔の言葉に返事をしないまま、じっとトキヤは音也の顔を見つめる。生気の感じられない顔、弱い脈、か細い自発呼吸。たった今要請したばかりの救急車が到着するまでの時間。医学を修めた者として、一流の外科医であった経験からして、音也を救うためには今どうすべきか、どうしなければならないのか、一つの明確な答えがトキヤの中にあった。
 だが、しかし。トキヤは思う。
 そうするしかない。其れしか方法は無い。いや、しかし。やはり、――でも。
「……」
 トキヤは迷いを跳ね飛ばす様に静かに立ち上がったかと思うと、キッチンまで走り、その引きだしを開けた。ガチャガチャと音を鳴らし、あるものを取り出すと、心配そうにトキヤの動向を見守っていた翔がトキヤの手にしているものを見て、驚いたように目を開いた。
「おい!まじか、まさか…」
 トキヤはその手にナイフを持っていた。小ぶりの果物ナイフである。
 その瞳はこの状況で冗談を言うはずがないというほど真剣身に溢れ、額には小さな汗の粒が浮かんでさえいた。
「……今すぐ腹部に溜まっている血を抜いて、静脈の止血をしなければ救急車が来るまで音也は持ちません。手段など選んでいられません。ここで切開して応急処置をします」
「マジかよ…」
 トキヤの宣言に顔を青くした翔は、しかしながら頭を両手でかき回したかと思うと、突然両手で頬をパンと叩き、顔を挙げた。その顔は目の前でオペが行われる事に対して、医学に関しては知識のない素人が覚悟を決めた、しかしながら紛う事なき警官の顔だった。
「よし!俺も腹くくった!音也を死なせないためなら…よし、やるぞ!俺は何を手伝える?」
 腕をまくった翔にありったけのタオルを持って来るように指示をし、トキヤは戸棚を開け、そこからウォッカの瓶を取り出し、乱暴にキャップを外すとナイフにかけた。乱暴だが消毒薬として代用するにはこれしかない。洗面所にあるかもしれない小さな傷を消毒するための消毒剤など持って来る暇など無いのだ。
 トキヤは音也の前に再び戻ると、その前に跪き、音也のシャツを裂いた。そして鈍色に光るナイフを音也の腹部にあてる。腹部に溜まって内臓を圧迫している血液を体外に出してやり、縫合に失敗している部分を止血する応急処置。トキヤがやらねばならいのはこの一連の動作だ。
 この場には医療器具など一つも無いし、持っているのはメスでは無く切れ味の悪そうなナイフでしかないし、ましてや消毒など酒だ。だが、救急車が来るまででいいのだ。これ以上音也の血液が体外に流れ出していかないように。音也を助けるために。トキヤがしたいことは明白だった。

 しかし、音也の腹部に今ナイフを入れんばかりだったトキヤのその手が不意に止まった。
 どうしても力を込める事が出来ない。躊躇している暇などないのだ。この瞬間にも音也は命を零している。しかし、トキヤはどうしても音也の身体にナイフを入れる事が出来ない。
 考えてしまったのだ。ここにきて。トキヤは。

「……」
「…トキヤ?」
 タオルを両手いっぱいに抱えて、同じように音也の脇に膝をついた翔の訝しむような視線を受けて、トキヤは半ば呆然と呟いた。
「私がしくじれば音也は…」
 ――死ぬのだ、この男は。
 考えてしまったのだ、ここにきて、トキヤは、その事を。
 そうだ、手が震えてしまうのだ。事故の後遺症で。どうしてこんなことになるのかと散々検査を受けたが脳機能に異常は無かった。精神的なものではないかと馴染みの精神科医は言う。そんな馬鹿な話があってたまるかと何度思ったか。けれど不随意に起こってしまう震えに、結果的に患者を殺し、トキヤは絶望のままに外科医としてのキャリアを自ら閉じた。
 もう立ち直ったはずなのに、今でも検死の際に不意に手が震えてメスを落とす。そんな状態でやはり生きている人間相手にメスを持てるはずが無いと、生きている人間を救えるはずが無いと、検死官としてせめて死んでしまった人間のその終わりの瞬間を解き明かして生きていこうと、そう思っているはずなのではなかったか。
 そんな外科医として使えなくなってしまった男が――生きている人間に――ましてや他でもない音也にメスを入れると言うのか。
 音也を殺すかもしれない男が、音也を救おうとしているのか。かけがえのない人間を前にして、そんなリスクを冒してもいいのか。

「……なぁ、それでも今、音也を助けてやれるのはお前しかいねぇだろ」
 翔の静かな言葉を聞きながらトキヤはゆっくりと音也の顔を見た。翔の真っ直ぐな視線を横顔に感じながら、トキヤは思い出していた。この男と初めて検視局で出会った日、相棒になった日、事件を解決した日、一緒に飲んだ日、ラボで捜査方針について意見を戦わせた日。時に打ち砕かれた自信の前で、ただ立ち竦むしかなかったトキヤに音也が言った言葉達を。
『ほら、トキヤはもっと笑った方がいいよー。トキヤ優しいんだから、皆に気が付いてもらわないと勿体ないよ』
『トキヤが検死したからこの被害者はきっと救われた』
『トキヤは救えるよ、人を』
 そうだ、この男は私が、救うのだ。
「――翔。出血に備えてタオルを。音也は、私が必ず、救います。」


***


「あ、トキヤだ〜」
「思ったより元気じゃないですか」
 デジャヴである。しかもそれが数日前の事であることにトキヤはため息をついた。音也もこの短期間で2回も入院する羽目になるとは思っていなかっただろう。しかし仕方ないことである。
「えー」
 と、何時もの調子で言いつつも音也の顔は以前とは違って少々青白いものだったし、少しばかりぐったりしているように見えた。あれだけ出血していたし、そもそも12時間前は死にかけていたのだ。当然の事だ。
「聞いたよー。トキヤが応急処置してくれたんだってね、ありがとう。トキヤがやってくれなかったら死んでたって聞いたよ。それにその手つきが鮮やかだったって、オペしたドクターも驚いたらしいよ。流石トキヤ!」
「…応急処置の際に私の手が痙攣していたら貴方は死んでましたけどね。なんせ静脈を弄ったものですから」
「それでもトキヤがいなかったら俺は死んでたんだから関係ないよ。トキヤは俺の命の恩人だよ?」
 そんな風に言って音也はにっこりと笑った。この男はいつもこうだ、とトキヤは思う。
 トキヤが音也に促されるまでもなくベッドサイドの傍らの椅子に座ると、無言で音也の手をとった。少し音也は驚いたようだったが、そんなことはトキヤの知ったことではない。何時も体温の高い音也の手は、今日はひんやりとしていた。開腹をした後は微熱が出るものだが、もしかしたら熱さましがかなり効いているのかもしれない。
「腹部に大きな傷が残ってしまいますね。すみません、その場にあった手ごろなものが果物ナイフしか無かったもので」
 応急処置の際にメスに比べて切れ味も何もかも劣るナイフを使った事で、音也の腹部にはかなり大きな傷が出来ていた。処置を終えて救急車に乗り込んだ音也に付き添い、緊急手術を担当する医師にはかなり事細かに状況を説明し、傷の処置についても配慮を頼んだが、それでも限界というものがある。
 そうして音也のオペが無事に済んだことを確認し、一旦検視局に戻って状況を報告した後、音也の意識が回復したとの連絡を受けて再び病院を訪れたのではあるが、流石に音也の腹部に大きく巻かれているガーゼを思うと心が痛んだ。
「そんなの。大丈夫だよ。気にするようなことでもないし、生きているのが一番大事だもん」
 音也はカラカラと笑ってトキヤにもう一度「ありがとうね」「トキヤだからこそ俺を助けられたんだね」と言う。まるであの時のトキヤの躊躇を見ていたかのようだとトキヤは思う。いや、分かっているのだろう。トキヤが応急処置をしたと聞いたという時点で。

「…私の手は」
 そう言ってトキヤはじっと音也を見つめた。思わず強く音也の手を握ると、音也が力を入れて握り返した。先を促すようなそれが心強い。
「もう誰かを救う事は出来ないのだと思っていました」
 救えないと思っていた。もうこの手は生きている人間に触れれば命を奪ってしまうかもしれないと思うばかりだったのだ。
 けれどそうではなかった。目の前にトキヤの手によって生きている人間がいた。それが他の誰でもない音也であるという意味をトキヤは酷く尊く思う。無神論者のトキヤが神に感謝を言ってもいいと思えるほどに。
「トキヤ…」
「礼を言うのは私の方です。ありがとうございます…貴方を、音也を救えて良かった…」
 出会った時からそうだった。医師としての喪失から立ち直れていない時も、音也は何も考えていないようで何かしらのエッセンスを零してくれるのだ。そうして今度も。
 何時だってトキヤはこの男に救われている。きっとこれからもそうで、ここに音也が生きているという、医師として当たり前ではないと知っている生の奇跡にトキヤは心から感謝した。