3.プリライ3rdの際にSMILE MAGICをサイリ振りながら半泣きになりつつ考えていた妄想でトキ音

去年の年末には書いていたのですが、出す機会を逸してそのままフォルダに放置でした。9か月の熟成…ウワォ。
セトリはカルナイ→オルフェ→音也ソロですが、頭がほわほわした状態で書いたので、都合よく中の人設定でカルナイ→トキヤ→音也になってます。げに恐ろしきはご都合設定…。

----------------------------------

 ふー、と細く長く吐き出した息は静かに波打っていた。

 わぁわぁという歓声がすさまじい。それはステージ裏のスタンバイ位置に立っている音也にもしっかりと届いていた。このバックステージからは観客席は見えないというのに人の気配がざわめき、期待に満ちた熱気が届いてくる。
 ふー、と音也はもう一度息を吐き出す。やはりその息は緊張のせいで波打っていた。さっきよりも強く。
 どういう動きをステージでするのかは徹底的に頭の中に叩き込んである。勿論ダンスの振りもこれ以上ないほど確認した。頭の中でリハーサルの記憶とイメージをクロスさせてもう一度動きをトレースする。ステージに出て、何拍後にイントロ、そして出だしの言葉。――あったかいメロディ。音也が作った言葉。それはもう完全に音也の唇に馴染んでいる。
 今まで何回もコンサートやライブをこなしてきた。ST☆RISHの曲の後、ソロのトップが音也という経験は一度や二度ではないし、音也の楽曲は盛り上がった会場の空気を益々盛り上げるのに遜色ないものだ。音也は自分のこなす役割と言うものをしっかり理解している。
 けれど今回は違う。ST☆RISHだけでなく、今回はQUATET NIGHTのメンバーが揃い、人気の上昇に合わせて、今回のコンサートの座席数は1万をゆうに越える。その場所でソロを歌うと言う意味。音也の中に不安は無かったはずなのに、心臓の底を掴まれているような妙な感覚があった。
 楽曲が終わる。大きな歓声と共に、ライトがふっと落ちて、客席からの声も波を引くように静かになる。一瞬の間。客席の高まる期待がまるで熱波の様にステージ裏に伝わる。さぁ次の曲は何?どうやって私たちを楽しませてくれるの?お客さんの無言の期待を感じて肌がピリリと震える。
 ふー、と最後に息を吐いて肩を2回揺する。背筋を伸ばす。バックステージでスタンバイ。
「よし!」
 さあ行こう!楽しんでいこう。楽しもう、お客さんと一緒に!
 音也は今日のために仕立てられた衣装のジャケットの裾を引っ張り、背を正す。ここからは音也一人のステージだ。仲間はいない。音也一人で何万ものファンを楽しませる事になる。少しだけ怖い。ワクワクするけれど、緊張する。

「――音也!」
 スタッフに誘導されて1歩進んだその瞬間、その声に驚いた音也が振り返ると、珍しく大きな声を出したのはトキヤで、他にもメンバーが全員そこ立っていた。皆ステージを控えて忙しいだろうに、ふんわりと笑って音也を見守っていた。
 そしてその中心で、トキヤは先までのステージの余韻で汗を浮かばせながら、今まで大歓声の中にあった男だとは思えない程の優しい顔で――ふわりと言った。
「行ってきなさい、貴方のためのステージです」



 ――あったかいメロディ、
 ステージに飛び出し、歌いだして笑顔で手を振る。それでも少し唇は震えた。ああ、俺って本当に緊張してるんだな、と音也は他人事のように思う。
 強いライトで前が見えない。大勢の人の気配。最初に聞こえた大歓声、おとやー、や、おとくんーと言う声はもう聞こえなくなっていた。今や皆がメロディーに集中している。聴いてもらっている。嬉しい。とても嬉しいけれど、膝に力が入らない感じがする。どこか宙に浮いた様な。
 それは音也が初めて経験する感覚だった。この歌詞がそうさせるのかもしれないと音也はぼんやりと思う。自分を少しだけ垣間見せて、自分に許しを与える歌は何時かどこか緊張する。時々これって俺らしいのかな、この歌詞をファンの子たちはどう思うのかな、と考えずにはいられない。
 
 しかしその時、それが聞こえた。
 幾つかの声。重なる柔らかいハーモニー。音也は歌いながら気が付いて小さく顔を上げる。コーラスだ。ファンがコーラスを重ねてくれている。

 ――嗚呼、そっか。
 そうだったんだ。その時、音也の唇からようやく心からの自然な笑みが漏れた。緊張で浮いていた心がすとん、とあるべき場所に落ち着いた事を感じる。俺はこのステージに一人で立っているけれど、一人なんかではなかったのだ、と。送り出してくれた仲間たちの笑顔がふっと思い出される。
 せり出したステージに歩きだせば、スポットライトの光は音也の目を刺すのをやめ、明かりを落とされた事で、音也に会場の風景を容易く見せる。音也は手を振りながら次のフレーズを謳い出すまでの僅かな感想のさなか、その光景に息を飲んだ。

 ――赤色だ。一面の美しい暗闇に灯る仄かな無数の赤色だ。

 闇を押しのけるように光る赤い色が揺れている。幾つも、幾つも、会場いっぱいに。柔らかく、緩やかに、曲に合わせて、美しい赤色の光が会場いっぱいに揺れている。音也の色が、音也だけの色に染められた美しい赤色が、暗がりの中でまるで小さな灯が勇気を与えるように、ここにいていいんだよとでもいう風に、仄かに優しげな色をしている。この場では会場の濃度の濃い闇でさえ、赤色を引き立てるものでしかなかった。

 嗚呼。
 音也はその時、ステージ上でなければ泣きだしていたのかもしれなかった。例えばそれが安心できる自宅であったり、仲間と立っていたのならば、もしくは恋人の隣に居る時であったのなら。
 けれどここは音也のステージだった。幼い頃、母親の膝の上で見たテレビの中のきらびやかな世界、あの向日葵の黄色だけが浮き出ていた白い夏の盛りに眺めた世界、音也が目指し、そして身を置き、努力して立てた音也のステージの、音也のためだけのステージの上だった。

 仲間もバックステージから見ていてくれているだろうか。あの優しげな笑みで送り出してくれた音也の唯一無二の大事な仲間たちは。そして。
『行ってきなさい、貴方のためのステージです』
 トキヤは見ていてくれるだろうか。
 ――ねぇ、トキヤ。そうだね、ここは俺のためのステージなんだね、俺はこんなに望まれていたんだね。
 此処が俺が目指した場所。そして俺が辿り着いた場所。多くの人に望まれる場所。
 音也は精一杯微笑んだ。音也を望んでくれるこのステージの真ん中で。心からの笑みを浮かべて。

「――皆の声、聞かせて!」