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[SIDE M]



「あ、殿.。」


探していた相手は思ったよりもすぐに見つかり、左近は拍子抜けした声でその名を呼んだ。
言わずもがな、左近の目の前に石田三成が立っていた。
魏の領内、小高い丘から魏の民が耕作している様を三成はただ見ていた。共の者は連れていないようだった。この殿のこと、気を許した相手でさえ、群れることをあまり好まない。ただ一人を除いて。
捩れ曲がった世界でも元の世界と全く変わらない主に、左近は苦笑した。

対して三成はさして驚いた様子も無く、久しぶりの再開の喜ぶことも無く、左近を視界に収めて、ただ言った。
「……左近か、久しいな」
「いやー。すぐに見つかってよかったですよ。もし魏の城内にいられたら会うのも中々難しいですからねぇ」
左近が魏の領内に入った途端見つけられたのは、まさしく奇跡に近い。
しかもここは魏の領内が全て見渡せる丘だ。左近が此処に立ち寄ったのも休憩ついでの思いつきに過ぎない。
「聞いたぞ。復活した遠呂智を倒したそうだな。しかも武田、上杉、織田の軍をまとめたとか」
「良い偶然が重なっただけですよ」
「名軍師だとか言われているそうじゃないか」
そこで三成は片眉を上げて左近を見た。あまり機嫌が良さそうではない。
「物は言いよう、ってやつですよ。ま、悪い気はしませんがね」

風が靡く。

小高い丘からは魏の様子がよく見渡す事が出来た。どうも三成の気に入りの場所のようだ。
「…何も聞かないんですか?」
「、何を」
一瞬三成の空気に動揺が走る。それもすぐに掻き消えたが、左近は小さくため息をついた。全く素直ではない。

「じゃあ勝手に話させてもらいますがね、独り言だと思ってください」
三成は何も言わなかった。
「皆、変わらず元気ですよ。殿がご存知の方は皆ね。兼続さんはまぁ…“義と愛”でした。2割り増しほど。…誰もが相変わらずですし、絶対ありえない時間の歪みの中でありえない組み合わせが協力してました。」
そこで一旦、左近は言葉を切って、こっそりと三成を横目で伺った。
その表情に何も変化は無い。整いすぎた顔立ちが、ただ前を見据えていた。
しかし主が一番欲しがっている情報を左近は一つも伝えていない。どうせこの殿の事だ、自分からは言い出せないのだろう。左近は何故か賭け事をしているような面持ちで口を開いた。

「それで…幸村ですがね、」

ぴくり、と三成の手が震えたのを左近は見逃さなかった。
「武田に居ますよ。元気です」
「…そうか」
そこで初めて、三成が口を開いた。
「会いに行かないんですか?」
「……幸村は何と言っていた」
左近の質問に答えずに、逆に問うた三成に、ぎくり、と左近は最中に冷や汗がつたう様な感覚に陥った。
何かを諦めた様に笑った幸村が脳裏に甦る。

“これからこの世界がどう動くか分からない。だから私は武田から―動けないのです”

「左近」
その声は何時にも増して凛と響き、逃げることを許さない声色だった。
「は、はい?何でしょう?」
三成は表情を一つも変えず、こう言った
「武田に居る幸村は俺の知っている幸村と、何処か違うのではないか?」
今度は本格的に左近は焦った。

この人は、何か、気付いている。
自分より深く、広く。
真田幸村と言う人間を。

「違う、とは?」
「武田に戻った幸村は…」
そこで三成は押し黙った。
左近はもう観念して、全てを悟っているであろう主の言葉を補足した。
「…殿のお考えの通りです。変わりは全くありませんが、纏う空気が少し明るく、なりました」
「信玄の存在は今の幸村から長篠を払拭したのだな」
「…どうでしょう?」
「誤魔化すな」
左近は狼狽した。
我が主はもう全てといっていいほど見透かしている。左近の考えを。左近は小さくため息をついた。
「私は長篠の時には武田を離れていましたから。長篠が如何であったかは知りません。…ですが殿の仰る事は外れてはいないのではないか、と」
確かに長篠は幸村から何かを奪った。それはきっと生きる上で必要な何か、を。

「ならば、俺が今更幸村に会ってどうする」
「殿?」
「今更俺がのこのこ幸村の前に出て行って、何をする必要がある」
左近は少しの衝撃を受けて三成を見た。三成はただ前を見ていた。
「小田原は無かった事にすれば良い。今更、この世界で義の世を掲げる事は出来まい。元の時間に戻らぬ限り」
びゅうびゅうと風が吹く。それは誰かの慟哭のように聞こえた。
「…それに俺はしばらくすれば、秀吉様の元に戻る事になるだろう。」
そこで三成は一旦、言葉を切った。
「武田と戦になるやもしれん。今の秀吉様は信長公の家臣。ならば俺も織田だ。この手で長篠を繰り返すやもしれん。それは幸村から何かを奪う。しかし本来の世界は何かを奪われた幸村と俺は出会った。今の世界は何処をとっても矛盾だ。違うか?」
「――――」
左近は何も言わなかった。言えなかった。そして青い空を見て、ぽつりと呟いた。
「どうにもこうにも。殿らしい」
その言葉をいぶかしんで、三成は左近を見た。
その眉根は寄せられている。それは三成が思っていることと言っていることが矛盾している時に見せる表情だと、左近は知っている。

左近は盛大にため息をついた。三成が不機嫌をあらわにして左近をにらんだ。
「…何だ」
「考えすぎる性格がいけませんね」
「思慮深いといえ」
「会いたいなら会いに行けばいいでしょう。確かめたいなら確かめればいいでしょう。殿も何時までも此処で覇道を見極めたいわけじゃないでしょう?」
「…………」
三成は何も言わなかった。ただ少し瞳を伏せて、何かを考え込んでいるようだった。

「あ、せっかく魏まで来たんで、」
「何だ」
「ちょっと色んな所見て回りたいんで。ちょっと失礼しますよ。何かあればとりあえず秀吉様のところに馳せ参じますんで」
そう言って左近は踵を返した。


三成は何も言わず、ただ何処でも無い何処かを見ているようだった。





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