寮に戻って、鞄を置き、銃をいつも通り、他人には簡単に見つかるはずもない場所に隠して、そして今日中にやろう思って結局は出来なかったレポートを大急ぎでやろうと、PCを立ち上げてデスクに腰掛けて数秒後。今日の事をぼんやり思い出していたサムはようやく気がついた。

「“ディーン?”ディーンってあの?」
そう言えば聞いたことがある。
経済学部にやたら男前がいる。何でもそつなくこなし、適度に女遊びもするが後腐れ無くやる男で、成績も要領よくやるおかげで悪くない。名前はディーン。とにかくイヤミなほどいい男で要領がいいのだ、と。

しかしそれはサムにとっては面識のない他人の話から聞くだけの存在。何故かそんな彼とサムが比較された回数は少なくない。”サムも男前なんだから、少しは遊べよ”と友人に言われては、サムはいつも苦い笑みでやりすごさなければならなかった。
図書館で話をしている時には気がつかなかったが、もしかしなくとも、彼はその男ではないだろうか。

「……驚いた」
サムはそんな噂の中のディーンと言う男を、自分とは絶対に合わないと思ってしまうような緩い雰囲気を持った男だろうとぼんやり想像していたが、実際の所そんな男ではなかった。私生活をどれだけ謳歌しているかはサムの知るところではないが、図書館で会った雰囲気はそんな軟派な男のそれではない。鋭い雰囲気は確かにハンターのそれで、冷静な判断力も行動力も確かに兼ね備えていた。

人は噂で判断してはいけない。そんな言い慣らされた教訓を今更ながらに確認して、サムはPCのアイコンをクリックしたのだった。



***



調査だ。そう決めた後のサムは早かった。
が、それでも彼には悪霊の出ない昼間にやっておくことが多々あった。

午後の微睡むにはぴったり時間帯のキャンパス内には人が多いとは言えない。否、正確にはこの時間帯に人は多いのだが、サムが陣取っているこの場所はキャンパスの外れで余り人は通らない。そんな穏やかな午後の空気と耳障りならない程度の喧騒はサムが好むところで、サムは晴れた空の下、野外のテラスでPCを立ち上げていた。

「…随分と探したぞ」
隣に人の気配を感じてサムが顔を上げるのと、その声が頭上から振ってくるのはほぼ同時で、サムはPCをタイプする手を止めた。

声だけで誰か分かったサムは見上げた先の太陽の光に目を細めながら“やぁ、ディーン”と声を掛けると、午後の空気に眠そうに欠伸をしていたその男は一瞬だけ動きを止めて少し照れたように頭の後ろを掻いた。それから小さく咳払いをしたディーンは視線を一巡させてから、サムのPCの画面を覗く。
「レポートか?真面目だな」
「普通だよ」
話しながらディーンはサムが座っている向かいの席に腰を下ろした。その両手にはコーヒーのカップがあり、ディーンは一つをサムに差し出した。サムは一瞬だけ面食らったようにディーンとカップを交互に見比べたが、どうした、とでも問いかけそうな表情でごくごく自然にコーヒーを差し出した目の前の男の好意を素直に受け取ることにした。
晴れた空の下でコーヒーを飲む姿だけでもいちいち絵になる男の顔をサムはじっと見る。やはり恐ろしいほど整った顔立ちをしている。これなら噂になるに十分だろう。

昨日の夜の別れ際に交換した携帯電話の番号は今日の朝には早速役に立った。互いに連絡を取った二人は取り合えず簡単な下調べをする事だけを約束し、午後の適当な時間に落ち合う事を約束したのだった。そしてサムはディーンにこの場所を教えた。この場所はサムのお気に入りで、今まで友人にも進んで教えた事はなかったと言うのに、ディーンという男には躊躇なく教えた自分に驚いたくらいだ。
サムはレポート書いていた画面を一旦閉じる。大まかに書きあがったレポートは推敲をすれば提出出来るだろう。コーヒーを一口、口に含んで喉を潤したサムはディーンに向き合う。
「どうだった?」
「まずは書架で実際に霊にあった奴に話を聞いてみた。随分怯えてたな」
「見つけたの?」
「ツテは多くてな」
へぇ、とサムは言いながらディーンの人脈の広さに内心舌を巻いた。何のことはないようにディーンは言って見せたが、こんな短時間に聞き込みをして噂の張本人を見つけるなど、そう簡単に出来ることではない。それはサムには無いスキルで、サムは素直にディーンと言う男を尊敬した。
「で、なんて言ってた?」
「霊を見たのはマジ。ただ腰を抜かしながら、根性で書庫から出た後、失神。…霊が男か女かは覚えてないそうだ。余程ショックだったんだろうな。今は図書館にも入れないそうだ」
「それは、気の毒に」
「まぁ斧見なかっただけマシだろ。あれ見てたら、あの男社会復帰出来ないんじゃねぇか。…後はもう一人」
「もう一人からも話聞けたの?」
驚くサムをディーンは特に気にした様子は無い。一気に残りのコーヒーを飲み干して話を続ける。
「こっちは女、堅そうな女だったな。こっちの話はもっとややこしい。こっちも見てない…というか歯、しか覚えてない」
「歯?あの襲いかかってきたときの歯?」
「随分と印象的だったんだな。…おいここはスタンフォードだろ?何でどいつもこいつもきちんと覚えてやがらないんだ?」
ディーンの言葉にサムは小さく笑った。その言葉がサムの頬の筋肉を緩めたのももちろんあるが、ディーンという男の性格が見えてきて、中々面白いと思ったからだ。
「まぁそれは個人差があるし。そもそも夜に閉架書庫にいたんだから、最初から怯えてたようなものだと思うよ」
「じゃあ女の霊って話はどこからきた?」
「ここだと思うよ」
ディーンの言葉にサムはPCをインターネットに接続して、目的のページを表示した後、ディーンの方に向ける。
「なるほど。出所はここか」
そこにはサムが見つけた学生が作っている大学の掲示板があった。内容はもちろん様々だ。伏字での人の噂、単位の取りやすい講義の噂、そして閉架書庫の幽霊の噂。どれもこれも嘘、とまでは言い切れないが、ツリー型の掲示板には後から後へと補足がついて、一つの話に尾ひれがついていく噂話のようなものだ。
例の閉架書庫の霊も、最初は書庫に変なものがいた、から始まり、後から女だとか、睨んでいるだとか、そんな補足がつけられている。

噂話の出所に納得したように、PCの画面を鼻で笑ったディーンに今度はサムが調査の成果を話し始める。
「僕の方は何故閉架書庫なのか、何故今なのか、って所から。だから最近の書籍の移動を調べてみた」
サムはそのままPCをディーンに向けたまま、ネットの画面を閉じて、別のファイルを開ける。そこには此処最近の書籍の移動を表でまとめたものが細かい分類と共に事細かにまとめあげられている。
「自力でやったのか?すげぇな」
「図書館のイントラからデータをダウンロードして分別しただけだから、…ほらここ見て」
「閉架書庫に新しく蔵書されてる本があるな」
PCのディスプレイには最近書庫に入った本のタイトルが映し出されている。閉架書庫に入ったということは、それなりに歴史的価値もある書籍なのだろう。
「馴染みの司書に聞いたら、この本は寄付らしい。こっそり名前も教えてもらった。…怪しいと思う」
「かなり、な」
サムがディーンに差し出したメモには一人の人物の名前がある。それをディーンは眺めて、空になったカップをぐしゃりと潰した。

「後は斧の謎だな。寄付した家族で死んだ人間がいないか役所の死亡記録を見ておくか。一緒に行くか?」
「ごめん、今日は無理なんだ」
ディーンの誘いを酷く申し訳なさそうな顔で断ったサムの表情は少し困ったように眉が顰められている。そしてそんなサムを見るディーンも意外、という感情をはっきりと滲ませている。
「何で?」
「今からバイト」
「バイト?」
「ごめん、時給がよくって」
サムのその言葉にディーンは“いや、そうじゃなくってだな”と言ってから、片手を振った。
「おい、ちょっと待て。狩りして講義出てレポートしながら狩りの下調べして今度はバイトか?サム、お前忙しすぎないか?」

ああ有難い友人を持ったな、と素直にサムはそう思った。
今日一日今までディーンに会うまでサムは朝一の講義から始まって、昼の講義、空き時間には狩りの下調べをしてレポートを仕上げていた。それは事実で、朝に電話した時にサムの1日の予定は告げていたからディーンも驚くのだろう。実際、友人達にサムの毎日のタイムスケジュールを告げると驚かれるか心配されるかのどちらかだ。しかも友人達には狩りがあってもその事を告げられるはずが無い。だからこそ、狩りまで含めたありのままのサムのタイムスケジュールを知っているのは、今この時点ではディーンだけだ。
慣れてしまえばサムはこんな生活サイクルを何とも思わなくなってしまったが、やはり自分の生活は驚かれる類のものらしい。そんな事もイマイチ分からない自分にサムは苦笑した。

それでもサムにはどれも欠かせない。勉学もバイトも狩りも。何一つ疎かには出来ないのだ。とりあえず今はバイト、金が降って湧いてくるならいいが、そんな夢物語は天地がひっくり返っても起こらない。

「いや、でも生活費稼がないと」
「親は?ハンターなんだろ?」
ディーンのその言葉にサムは一瞬言葉に詰まった。聞かれて困ったわけではなく、告げていいものか迷ったからだ。
ただの人間がハンターになるなどそうは無い。何かしらの闇との因縁が無ければハンターにはならないものだ。それはハンターの世界ではある意味常識で、これを告げることによって目の前の新しい友人に余計な気遣いをさせたくはない。サムの持った迷いはそう言う意味での躊躇いだ。
しかし黙っているべき理由も無い。そして目の前のディーンという男に告げたとしても余計な詮索をするような無粋な男ではないだろうとサムは確信していた。
「親は…両方とも死んだんだ」
「…悪い」
申し訳なさそうな表情を浮かべたディーンにサムは慌てて首を振る。
「いいんだ。僕こそ狩りだけに集中出来なくてごめん」
「いや」
言いよどむディーンを前に、何だか申し訳ないな、ともサムは思った。
狩りだけに集中することも出来ない。自分は生きていくだけで色々と雁字搦めになっている事が多いのだろうと、友人達との比較で気が付いている。けれどそんな事を比較してどうのこうの思うよりも、まずは生きていななければ為らない。そしてそれには現実問題、サムには生活費が要るのだ。

「夜には連絡するから。僕も調べられるだけ調べておく」
「いや、無理はするなよ」

その言葉にサムはもう一度ありがとう、と礼を言ってPCを持って立ち上がる。
ディーンと言う男は噂通りの整った顔立ちをしていて、それでいて優秀なハンターで、軽口の中に優しさを滲ませる、そんな男だ、という新しい印象を上塗りして。









共通点のない二人の共通点とか



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