調べ物に飽きて眠りこけているディーンに苦笑一つ残して、ビールを買いに出たサムが部屋に戻ってから、目を丸くしたのは飛び込んできた光景が世にも珍しいものだったからだ。 Parallel lines 「……ディーン?何してるの?」 数回瞬きをして目の前の光景を正しく捉えようとするが、結果は変わらない。 ――兄が本を前に熱心に調べ物をしている。文字通り、本に噛り付くようにして。 「お前の得意な調べモン」 「あ、うん…それは分かってるけど。何を調べてるの?そんな各地の伝承の本なんか広げて。今回の狩りは幽霊だろ?」 「別件の調べモンだ」 「別件?そんな件あった?」 サムの純粋な問いかけに帰ってきた言葉は、サムの問いかけから少々、もといかなりズレたものだった。 「サム…お前、昨日何の夢を見た?」 はぁ?という言葉をサムは無意識のうちに飲み込んだ。サムが口走りそうになった言葉はこの場面では至極当然のものだったが、何故かディーンの雰囲気がそれを許さなかった。サムとしては不本意以外の何物でもないが。 「昨日?夢?夢って寝てる時に見る、あの夢?」 「それ以外に何があるんだよ」 何があるって確かに他に何があるかと言われれば困る。しかしいきなり夢を大真面目で、ともすれば不機嫌とも言える顔で問いかけられても少々困るというものではないだろうか。 と、サムは思ったが、冗談の介入を許さない兄の雰囲気に押されて、おぼろげに記憶している夢の内容を引きずり出してきた。戸惑いながらも反論せずに素直に夢の内容を語る程度には、サムはディーンの雰囲気に気圧されていた。 「昨日は…ああ、熊。熊に追いかけられる夢、だったかな。びっくりした」 言ってから、しまった、とサムは思った。 夢の中でいくら必死にサムが熊から逃げたと力説しても、第三者が聞いたら面白い話以外の何物でもない。軽く笑い飛ばしてくれる相手なら良いものの、生憎目の前の兄はそうではない。弟の夢をネタにしてとことん茶化すような相手だ。 「…それだけか?」 「え、うん、それだけ。え、…ってそれだけ?」 何時もなら夢の内容をとことんからかって、“夢の中でも忙しいんだな。ご苦労さん”という言葉一つもありそうだが、目の前の兄はもう本に視線を戻している。これには流石のサムも首を傾げざるを得なかった。 「ディーン?」 からかわないの?という言葉をサムは飲み込んだ。もしもサムの言葉がからかってくれ、と捉えられたら墓穴以外の何物でもない。 「…病室で寝てる夢とか見た事無い、のか」 サムにとって脈絡の無い問いかけにしか聞こえない兄の言葉には真剣な声色が見え隠れしていて、内容を理解するよりも先に、その言葉を言った兄の真意を確かめるようにサムはディーンをじっと見た。 「…?何それ?」 「いや、それならいんだ」 サムから見ればディーンが何を言いたいのか、その頭脳を持ってしてもさっぱり分からない。どうやら自分の悩みはとことん内に抱えてしまう兄は夢の話も何が何でも隠すつもりらしい。 サムは小さな息を一つ零して、兄の向かいの椅子にゆっくりと座った。 「もうそろそろ聞かせてくれてもいいんじゃない?」 サムは殊更ゆっくりと言葉を紡いだ。そうやって言えばディーンはしぶしぶながらも話してくれるのをサムは知っていた。そうでもしないと、このたった一人の兄は弟に弱みを見せようとはしない。 きっとこの行動は弟を守ってこなければならなかった兄の無意識に住み着いた行動なのだろう。その名残はサムがどれだけ年を重ねても、あまり変わらない。サムにとってそれは時に頼もしいものでもあったが、酷く淋しいものでもあった。 「ディーン、」 ごり押しするようにもう一度名前を呼ぶ。 するとディーンはしぶしぶと言った風にサムを見て、口を開いた。 「おかしな夢ばかり見せるようなモノって何がある?」 問いかけられた言葉は、自分達が“専門”に扱う分野を暗に示していた。 サムは心持ち背筋を正してディーンに向き直る。その頭の中では既にディーン曰く“歩く怪奇辞典”と称される知識の引き出しを開ける準備が出来ている。 「おかしな夢?」 「ああ、夢だ。他愛も無い夢」 「実害は?」 「今のところ不快な気分だけ」 「…それって本当に只の夢なんじゃないの?」 拍子抜けをしたようにサムが問いかけてもディーンの顔色は変わらないまま。 「――やけに、というか気味が悪いというか、…リアルなんだよ」 サムも何時に無く真剣な兄の様子を見て、疑ってかかるのをあっさりと止した。 ディーンのハンターとしての実績は長い。年月と場数を見れば当然サムより多い。もしもその兄の第六感が何か告げているとしたら、例え空振りでも調べてみる価値はある。 「僕も調べるよ。実害が無いなら呪いの線は薄そうだけど…」 「化けモンの仕業だと思うか?」 「近いんじゃないかな。けど夢を見せる目的自体が分からない事には、」 何の仕業かは断定できない、と続けたサムの言葉にディーンはしぶしぶと言った様子で頷いた。 ディーンはキレていた。控えめに見てもかなり苛立っていた。 またあの夢だ。寝たら夢。ついでにボビー父親、俺大学生設定そのままだ。しかも今度はジョーまでも登場し、妹だと名乗った彼女は、自転車に轢かれて病院搬送されたディーンの事を腹を抱えて笑っていた。 ――こうなったら祈祷師だ。見てろ。 ディーンは鼻息も荒く、この夢について徹底的に調べる事に決めた。 伊達にハンターをやってるわけじゃねーぞ。なめんな。 この時点で夢は所詮只の夢である、という可能性があることをディーンはすっかり失念している。完全にハンターの領分だと決め付けたディーンを諌めてくれるはずの弟が此処には存在しない事もディーンのテンションに拍車をかけた。 ブチ切れたディーンが病院を抜け出して辿りついたのは、現実の世界でディーンの顔見知りでもあった霊能者だ。 ディーンが真っ先に思いついた名前は電話帳で調べてみれば、ものの見事にヒットした。しかもディーンの期待を裏切らず、職業は占い師ときたもんだ。祈祷師か霊能力者を探そうとしていたが、その辺りはご愛嬌というやつだ。その筋の人間が見つかっただけでも大収穫と言える。 もしこれでエクササイズのインストラクターでもしていようものならディーンは夢の中で暴動を起こしていただろう。不幸中の何とやらだ。 ちなみに住んでいる場所もカンザス。どうやらこの世界の彼女は現実と同じ設定らしい。 そして出迎えたのも同じ顔。 ディーンが訪ねたその人物はミズーリ・モズリーだ。 「俺が分かるか?」 開口一番、挨拶も何もかもすっとばしたディーンの台詞に少々恰幅の良い彼女が漏らしたのは呆れたようなため息だった。 「……随分な挨拶ね。ディーン」 「俺が分かるのか!?」 ここでやっと都合が良くなってきた。流石夢、やっと夢、とディーンが内心で些か的のずれた賞賛の言葉を送っているとミズーリが少し困ったように笑った。 「分かるわよ。…知らないけれど」 ――“知らない?” その言葉に一瞬ディーンは動きを止めて、まじまじとミズーリを見つめる。 「どういうことだ」 「あなた、迷ったのよ、ディーン」 「分かるように話せ」 顔を顰めながらぞんざいな態度でディーンが告げると、ミズーリのハイヒールのかかとがディーンの足にめりこんだ。 「痛ってぇ!!」 「口に気をつけなさい」 「夢だろ!?俺に都合よく展開しろよ!」 夢の癖に猛烈に痛い。 何でミズーリだけ現実と同じなんだよ、と口に出さずに内心で毒づくと、ミズーリは其れさえも見透かしたように、少しだけ呆れたように笑った。 「“夢”?――そう思わないから此処に来たんでしょう?」 それは核心を突いた言葉。 ディーンはその言葉に今までの悪態も忘れてミズーリに真っ直ぐ向き合った。 夢、呪術、化け物の仕業――そんなものはディーンの意識からごっそりと抜け落ちた。 彼女は本物だ、と本能が告げていた。 |